2010年06月11日

長靴をはいた猫

6月10日。昨晩もタバコの煙を浴びたので、目が痛い。またザブザブと洗い、目薬をさす。こう目が痛くては食欲もわかず、朝食も適当にすませ、出かけることにする。ゴミ出しをして、いつも通り、いつもの道を歩く。モスクワ生活が本当に日常になったのだなと今さらながら思う。

中央人形劇場に着くと、ナターシャさんが待っていた。資料の山がどんと置いてある。さあ用意したわよ、好きなだけ見なさい。はい、有り難うございます。

今回の資料は中央人形劇場が来日した1984年、1987年、1990年の時のものである。書類の箱が全部で8個。こりゃあ大変だ。最初の箱を開けると、いきなり面白い写真が続々と出てきた。オブラスツォーフが半纏をまとって畳の上でくつろいでいる写真もある。

12時を過ぎたので、写真撮影はとりあえず後回しにして、今日の演目を見ることにする。今日は待望の『長靴をはいた猫』である。1937年の初演、1966年に新たな演出で上演されて以来、定番のお芝居である。内容はシャルル・ペローの原作通り、おなじみのお話だ。ところが私は10歳のとき(1969年)に、東映まんがまつりでアニメーション『長靴をはいた猫』を見ていて、しかもものすごく感動して、あの時買ってもらったパンフレットの印刷のズレまで鮮明に覚えているくらい気に入って、その後テレビで放映される度に見て、やっぱり感動してたので、やたらと思い入れの深いお話である。

とにかくアニメーションのことは忘れるようにしてお芝居を観た。面白い! 猫の動きがすばらしい。登場人物がみんな生き生きとしている。大人から子どもまで誰でも楽しめる人形劇。いいなあ、うちの子にも見せてあげたいなあ、と思いながら見ていた。人食い男が出てきたときは子どもたちがみんな歓声を上げていた。その人食い男を猫がまんまと退治した時の歓声のすごいこと! 結局、自分では何も努力しないままお姫様と結婚できてしまう三男坊のジャンはともかく、猫の活躍が痛快で楽しい。

人形劇博物館のスラーヴァも見ていて、終演後に声をかけてきた。彼も子どもの時からこの劇場の芝居を見てきたという。その後のティータイムでも英会話の練習をしたいというので、英語で世間話をした。私の英語はいい加減なので、現在英語学習中のロシア人との会話はちょうどいいスピードである。しかし、その間30分ほど、周りのスタッフものんびりお茶とお菓子を頂きながらずっと談笑している。お茶にはブランデーも入れている。ええと、こんなにのんびり仕事をしていていいのですか?と言いたいくらいくつろいでいる。

日本ではワーカーホリックとしか言いようのない日々を送っている私としては、ちょっとイライラしてしまう。頃合いを見て、仕事にかかることにする。今日もデジカメで資料をひたすら撮影する。400枚近く撮影した。書類などはじっくり目を通しながらの撮影だったので、いつの間にか6時近くになっていた。スラーヴァたちももう疲れたので帰宅するというので、私も作業をやめた。しかし、まあ、残業をするということは決して考えない人たちのようで、私もこれは見ならわなければと思いました。

人形劇関係の本でいくつか欲しいものがったので、ヴァロージャから教えてもらった演劇専門の書店に行く。劇場からプーシキンスカヤに歩いて行く道すがらにあるので、すぐ見つかった。書店には「閉店」の札が吊してあったが、隣にある図書館の受付の人が、「まだ大丈夫よ」と言って中に入れてくれた。要件を言うと、次々と本を棚から探して出してくれた。面白い本が7冊。全部購入した。全部で5.000円程度だからやはり安い。エリク・ブラートフの本もあって、すごく嬉しい。

本が重いのでまっすぐに帰ろうとも思ったが、意を決してドムに向かった。今日はライブではない。「アントロポモルフィズム」という現代写真家による展覧会である。しかも今日1日かぎりの展覧会で、キュレーターがヴィクトル・ミジアーノだから、きっと面白いはずだ。期待通りで、まだ無名と言っていい若手の写真家たちの作品だけで構成されていた。ヴィンザボートなどで見るいかにもアート写真ですといった作品が、私はあまり好きではないのだけれど、今回の展覧会の作品は、自分が好きでしょうがない世界を好きなままに撮っているものがほとんで、とても好感が持てた。人形ばかり撮っているウラジーミル・クドリャフツェフとイリーナ・ムリンスカヤが特に気に入った。

夜9時からライブもあるようだったが、連日の疲れがたまっているので、帰宅することにした。スーパーでキャベツのサラダとパンを買い、重い本をかかえて家にたどりつくと、チェニからメールが届いていて、ひょっとしたらお芝居をみせてくれるかもしれないという。おお、なんという幸運。またオーリャからもメールが届いていて、ロマン・ストリャールとのライブが22日に決まったという。しかも Ed Sarath も共演するという。すごい。

厄日の次にはちゃんといい日もやってくる。人間万事塞翁が馬、と今さらながらに思うのだった。

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Кот в сапогах
http://www.puppet.ru/?pageId=45

АНТРОПОМОРФИЗМ
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/10/
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2010年06月10日

宝の人形たちと16トン

6月9日。昨晩のタバコのせいで起きてもまだ目が痛い。思い切り目を洗い亜、目薬をさす。朝食を簡単に済ませ、職場からのメールをチェックしていたら、締め切りまでに1ヶ月もない重要な依頼。いつものことだが、すごく腹が立つ。モスクワにいて、手元に資料もないのに、一体どうしろというのだ。出発前に帰国の日は伝えたはずだぞ。

対応を考え、実際に対応のメールを書いているうちに頭痛がしてくる。やがて猛烈に眠くなり、気がついたらベッドの上にいた。すでに正午である。慌てて洗濯物をたたみ、出かけた。

中央人形劇場に着いたら、いつもの場所でナターシャさんがタバコを吸っていた。とても忙しいらしい。資料もまだ用意してくれていない。美術のサーシャが呼んでいるよとスラーヴァが言うので、一緒にサーシャのところへ行くと、ニコライ2世の家族が愛用していた人形劇の人形に関する資料をわざわざDVDに焼いてくれていた。しかも、私の名前まで書いてある気のつかいよう。有り難うございます。

世間話をしているうちに、美術関係のスタッフの仕事の様子を見せてくれることになり、いくつもの部屋に連れて行ってくれた。前回見ることのできなかった色彩関係の部屋がとても面白かった。人形や衣装に使う染料をつくっている専任スタッフがいて、巨大な洗濯機やアイロンまであるのだ。古い人形を保存している倉庫は圧巻だった。数え切れない程の人形たちは一体一体ていねいに不織布にくるまれて、天井から床の近くまで吊り下げられている。今回見た倉庫はまだほんの一部だという。いったい何体の人形が保存されているのだろう。これは本当にこの劇場の宝だなと思った。

地下にある大道具の工作室、動力室、空調室なども見せてもらった。劇場全体が秘密基地みたいなもので、今日はそれを探検したようなものだ。すごく面白かった。

時間に余裕があるので、これまでひたすら写真撮影だけしていた資料の山をあらためて一点一点調べることにした。詳細に読んでいると面白い発見が次々とあり、時間がたつのを忘れる。あっと言う間に夕方だ。

劇場を出ると、またどしゃ降りなので、地下鉄で一駅だけ移動し、書店のファランスチェールに行くことにした。とても地味な場所にあるとても地味な書店である。しかし、品揃えはものすごく充実している。詩集はオギより沢山あるのではないだろうか。いくつも欲しい本を見つけるが、今日はビデオカメラもあり、カバンが重い。諦めてカバコフの『テクスト』他3冊にとどめ、また来ることにする。

今夜のライブの場所は「1905年通り」にあるクラブ「16トン」である。アメリカの古い歌謡曲からつけた名前らしい。いかにも今時のクラブで、私が苦手な雰囲気だ。切符の代わりに蛍光スタンプを手首に押された。ディズニーランドみたいで、なんだかいやだ。案の定、中はやっぱりいかにもアメリカといった雰囲気である。

お店特性の生ビールというのを注文。美味しいけれどドムの倍の値段だ。お金のある人が音楽を聞きながらお酒と軽い食事を楽しむ場所らしい。最初はガラガラでどうなることかと思ったが、30分遅れで演奏が始まったときにはステージ近くのボックス席は全部埋まっていた。

サインホ、レートフ、ボリーソフのトリオによるライブである。サインホはあいかわらずすばらしい歌声だ。彼女に寄り添い、盛り上げるようにレートフとボリーソフも演奏する。サインホとレートフがとても親密な雰囲気で演奏しているのが印象的だった。

サインホは昔の過激なパフォーマンスに比べるとずいぶん洗練されていた。英語でも何曲か歌った。自分の音楽の方向性がはっきりしていて、即興で実験的なことをしようという感じではなかった。それはそれでいいことだ。このカフェでのライブにはふさわしいやり方だと思う。実際とてもいいライブだった。しっかり全部ビデオにも収めました。

ライブ終了後、楽屋に通され、しばしサインホと世間話をする。オーガナイザーとも話しているうちに3日後に開催されるフェスティバルにみんなと一緒に行かないかと誘われる。モスクワから約300キロのところで開催されるのだそうだ。しかも、ロシアのウッドストックだという。幸いサイホンは私の家の近くにあるリューダの家に滞在しているし、一緒に車に乗せてもらうのは簡単だ。いちおう行きますとは答えたものの、道中のことを考えたらちょっと不安になる。だって、サインホは愛煙家です。今日も手巻きタバコを吸っていました。ああ、タバコが、タバコが…。

とりあえず、一晩考えてみることにして、すぐにその場を辞した。コニャックを一杯ごちそうになったせいですでに酔っぱらっている。乗り換えも間違えた。なんとか帰宅した。

遅い夕食を食べ、メールをチェックしたら、人形劇場チェニから返事があり、もしかしたらお芝居を見せてくれるかもしれないとのこと。実現したら嬉しいな。サインホからもらった最新CDを眺めながら、今日のライブを反芻した。

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SAINKHO NAMCHYLAK (AU)
http://www.lastfm.ru/event/1363641+SAINKHO+NAMCHYLAK+%28AU%29
http://www.16tons.ru/showpress.php?id=1276

Клуб 16 Тонн
http://www.16tons.ru/
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2010年06月09日

文学大学からトルコとロシアへ

6月8日。オブラスツォーフのクヴァルチーラに展示されていたミニチュアの能面のそれぞれの名称を教えてくれとマーシャから頼まれていたので、朝から調べる。デジカメで撮影した画像を見ながらネット上にある能面のサイトで何度も見比べるのだが、ミニチュアの能面は安物のおみやげのようで、どうも本物の能面とは微妙に違うのだ。ひょっとことえびすとはっきり分かるものもあるので、能面だけでなく神楽の面も調べなければならないだろう。いい加減、時間もなくなってきたので、10個の面の名前をロシア語で書いて、不安なものには×印をつけた画像付きの資料をつくって、出かけることにした。

引き続きオブラスツォーフ関係の資料を調べるつもりで中央人形劇場に来たのだが、資料を用意してくれるはずのナターシャさんが今日は来ていない。代わりにヴァロージャとガルジェイがやって来て、先日書いた原稿への加筆を依頼されたので、帰国までに書く約束をする。

がルジェイが昼食を食べ終わり、さあ出かけましょうと言う。そうだった。今日はガルジェイが文学大学へ案内してくれる日だった。警官の一件ですっかり忘れていた。

劇場から大学までは歩いて25分ほどである。道すがらどんな作家や詩人が好きなのかという話になる。ガルジェイは芥川龍之介と黒澤明が好きだという。卒論でもこの二人に言及したそうだ。

ゴーリキー名称文学大学は校舎の一部がゲルツェンの家だった。ここにはマンデリシュタームも住んでいたことがある。古い建物で、中はかなり老朽化しているが、校舎としては現役である。敷地内にある本屋がすばらしい品揃えで、しかも安い。しばし物色し、7冊購入。しめて約7,000円。また買いに来ることにしよう。

今日は卒論の口頭試問があり、ガルジェイの友人も出るという。口頭試問は公開なので、誰でも見ることができる。会場には審査する教授陣が8名、審査される学生6名、そして傍聴者が30名ほど。学生6名のうち2名は修士号の審査である。全員が小説か詩作品を審査対象としている。さすが文学大学。

最初に学生が一言挨拶をし、続けて主査が審査結果を述べ、コメンテーターがさらに意見を述べた後、いちばん偉い教授がさらに意見を述べ、最後にまた学生が謝辞を述べるという形式で、一人20分―30分ほどの審査。ガルジェイの友人のシュヴァーロフは挨拶の代わりに詩を3編朗読し、さらに巧みなスピーチで聴衆の笑いを誘っていた。主査は作品を誉めていたが、コメンテーターはなかなか厳しい意見を述べていた。

6名の審査が終わり、教授陣は別室へ。5分ほどして戻ってくると審査結果の発表で、全員めでたく学位を得ることになり、拍手で閉会した。ガルジェイは友人たちと祝賀会らしいが、私は慣れない会場の空気にすっかりくたびれて、とりあえず帰宅することにした。途中スーパーによって夕飯のおかずを買ったが、くたびれていたせいでせっかく買ったビールを1本袋に詰めるのを忘れてしまい、家に着いてから気がついた。

夕食をすませ、一休みしてから、また出かけた。今夜はプロジェクト・オギでライブがある。ロシアとトルコのミュージシャンによる友好プロジェクトだという。

先日ドムでフランスのダンサーと一緒に演奏していたボリーソフ(エレクトロニクス)とノーソヴァ(ドラムとヴォイス)、レートフ、そしてトルコのミュージシャンが4名(ヴォーカル、チェロ、ギター、コンピューター)という編成である。サウンド・チェックとリハーサルがなかなか進まず、開始予定時間を30分遅れてスタートした。チェロが紙を弦にはさんで盛んにノイズを出す。ヴォーカル2名が意味不明の言葉をささやき続ける。リーダーのコーハル・エレルはコンピューターにつないだおもちゃみたいなコントローラーで盛んにピコピコ音を出す。ギターもまるで音を合わせない。レートフはソプラノ・サックスで最初はメロディーを吹いていたが、だんだんいななくような音に変わっていく。簡単な約束事だけ決めて、全員が好きなように演奏しているようだ。方向性はまったくない。平行線が時々交わったり、また離れたりするような、トルコとロシアでちぐはぐな感じが面白い。

30分間の演奏が終わり、10分間の休憩の後、もう1曲やるというのだけれど、演奏開始前よりもタバコの煙がすさまじくなり、気持ち悪くてこれ以上ここにいられない、と判断し、レートフに詫びを言って、オギを飛び出した。ああ、全身が臭い。頭が痛い。15日にはここでサックス・マフィアと共演する予定だが、大丈夫だろうか。不安で、不安で仕方がない。

深夜11時なのにまだ空はほんのりと明るい。大急ぎで駅に向かった。

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Программа "Арт-вторники". ВЕЧЕР РУССКО-ТУРЕЦКОЙ ДРУЖБЫ
Свободная импровизация, саунд-арт, этника.
Турция:
Sumru Agiryürüyen: voice
Sevket Akinci: guitar
Anil Eraslan: cello
Korhan Erel: computer
Россия:
Сергей Летов - саксофон, флейта, электроника
Алексей Борисов - бас, электроника
Тимур Надир - голос
Ольга Носова - ударные, электроника

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2010年06月08日

厄日

6月7日。昨晩、帰宅してからすぐに食事をし、ブログを書き、さあアップロードしようとしたら、インターネットが使えません、というロシア語のメッセージ。契約切れなので、またお金を振り込むようにとのことである。そう言えばこの家に来た初日にマクシムがインターネットにつながる手続きをしていたが、それから丁度1ヶ月がたったのだ。

インターネット接続の契約はマクシム個人がやっているので、私では更新の手続きはできない。もう諦めて、あらためてマクシムに連絡をとることにした。警官といい、インターネットといい、厄日としか思えない。

やはり、厄日だった。友人からの連絡で玉井國太郎が4月に亡くなったということを知った。玉井君とは20年以上前、島田透(ドラム)と一緒にフリー・ミュージック・マシーンというトリオを組んで、何度かライブをしていたことがある。玉井君はすばらしいピアニストで、しかも詩人だった。自他共に認める天才で、いつかすごい有名人になると思っていた。

トリオを解散した後、私は長い間、人前で演奏することはなくなり、生活に追われているうちにかつてのトリオのことは忘れ、再び音楽に関わるようになってから間もなく稚内に移住してしまい、玉井君とは完全に音信不通になっていた。なぜ彼が死ななければならなかったのか、さっぱり分からない。

アルハンゲリスクのトゥーロフも脳梗塞で倒れて療養中だという話を昨晩レートフから聞いた。レートフも元気のいい演奏をしているけれど、Tシャツ1枚の姿をよく見ればかなりのメタボだ。大丈夫かなあ。かなり心配だ。いい奴はみんな早く死ぬ。

亡くなった人々のことを考えているうちに、眠りについたが、朝は例によって足がつって目が覚める。痛い、痛い。

朝には電話をよこすといったのにマクシムからは何も連絡がない。リューダに電話をして事情を話すと、ターニャとマクシムにすぐ知らせるので、連絡を待てという。しかしまるで連絡はなく、まあいつものことさと自分に言い聞かせ、ケフィールと水だけを飲んで中央人形劇場へ向かった。昨日警官に捕まったトゥルーブナヤは避け、乗り換え二つのルートでツベヴェトノイ・ブリヴァールへ。今日は何事もない。

先週やり残した仕事を再開する。中央人形劇場が日本で巡業をした時の資料をひたすらデジカメで撮影する。1987年に来日した際「めずらしいコンサート」をNHKで放映するために録画したという資料が出てきた。撮影許可を求める手紙である。この差出人に連絡をとれば、録画したビデオが見つかるかもしれない。わくわくする。

昨日の警官とのいきさつをスラーヴァに話したら、大笑いした後、気を遣ってくれて、お茶やらお菓子やらをすすめてくた。劇団員のために上野と秋葉原での買い物の仕方を書いたイラストと地図が出てきて、これが滅法面白く、スラーヴァと二人でひとしきり一緒に見ながら笑った。

結局また200枚ほど撮影して、早々に帰宅することにした。6時に家に戻り、マクシムに電話をするとやっと通じた。外国人登録の書類は今晩10時に持ってきてくれる、インターネットも契約会社に連絡して5分後につながるようにするという。本当に5分後につながった。

1時間ほど後、ターニャからスカイプが入る。これから書類を持って行くけど、いい? もちろん、待ってます。期待していなかったけれど、本当に1時間後に来てくれた。書類も無事に受け取る。ついでに帰国する際の車の相談もした。あまりまめに掃除をしていないから、部屋が汚れていてごめんね、と言うと、え?すごくきれいじゃない。全然OKよ、ということで、いろいろ肩の荷が下りた気がする。

モスクワ滞在も残り3週間、もう2度と厄日が来ないことを祈るばかりである。
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警官とロック・オペラ

6月6日。モスクワに来て丁度1ヶ月の今日、来るべきものが来た。警官である。朝からお腹の具合がよくない(昨晩カツレツを食べたせいだ。油がいけない)ので、家でじっとしていようと思ったが、今日だけしか見られない人形劇があるので、無理をして地下鉄に乗ったところ、乗り換え駅で警官に呼び止められた。例によって、パスポートの提示を求められる。嫌な予感がした。案の定、警察官詰め所へと連れて行かれる。ああ、いやだ。

外国人登録の際に発行される紙切れ(外国人登録しましたよいという証明書)があるのだが、それをなぜ持っていないのだ。書類不備だという。そういえば、確かに大家さんからその紙切れはもらっていない。てっきり制度が変わって、その紙切れは必要なくなったのだと思い込み、大家さんに確認しなかったのがまずかった。警官はねちねちと尋問を続ける。こちらは頭に血が上っているので、何が何だか分からなくなってくる。やがて警官が「俺はお茶が飲みたいんだが、ここには何もないんだ」と言い出す。何でここでお茶なんだろうな。同じ文句を何度も繰り返すので、え、お茶? え、お茶? いったい何ですか? こちらも何度も繰り返す。何度かやりとりしているうちに、どうも賄賂を要求しているらしいということが分かる。罰金を払えとか、はっきり金をよこせとか言えば、すぐに分かるのに、はっきりそうとは言えないらしい。こういうことに関してはまるで融通の利かない私なので、早くもなげやりになって「英語は話せますか?」ときくと「ドイツ語なら分かるぞ」と言う。もうとにかくあんたの言っているロシア語の意味がまるで分かりません、と繰り返す。警官もいい加減面倒くさくなったらしく。ああ、もういい。今回は大目に見よう。早いとこ日本大使館に行くんだな。もう行っていいぞ。と解放された。

ぐったりと疲れ、走るように中央人形劇場に向かい、なんとか開演に間に合った。頭が痛い。

今日の演目は「みんなあべこべ」と訳すのか「大騒ぎ」と訳すのか、まだいい訳が思い浮かばない。4つのエピソードから構成されたとても分かりやすい内容である。他愛のない話だけに、役者の演技がとても光る。カブトムシにベッドを横取りされてしまう気の弱いライオン、6歳のお誕生日を迎える子象、お風呂からなかなか出ようとしないトラなど、愉快な人形が次々と登場する。6人の役者がたくさんの人形を演じ分ける。猫とワニが一匹になったクロココット(ワニ猫)がすごく面白い。

ああ、楽しかった、とここで書けるはずだったが、実はあまり楽しくなかった。お芝居そのものはとてもよく、今まで見た中でもベスト10に入るのだが、如何せん、その前の警官とのごたごたを引きずって見ていたので、お芝居を心から楽しむことができなかったのだ。なんだか情けない。お腹はますます痛くなる。美術のサーシャさんのところで美味しいコーヒーをごちそうになったが、要件をすませて早々に帰宅することにした。

水をたくさん飲んで1時間ほど横になって、なんとか腹痛もおさまった。蕎麦のお粥を食べ、また横になる。なんとか気力が回復する。また出かける気になった。今晩はドムでロック・オペラがあるのだ。

アナトーリイ・リャーソフの小説『プレリュード。Homo innatus』(「序曲」ではなく「人間以前」とも読める)をもとに制作された3枚のアルバム「多層」の発売記念もかねている。このオペラは「ささやき」プロジェクトの一環で、いままでにもいくつかのパターンで上演されてきた。カフカのテキストの断片を使ったり、哲学的な対話が続いたり、ボードヴィルや影絵芝居をしたり、「先生の一日」というアニメも上映される。真面目と不真面目が交錯する大音響の音楽劇である。

リーダーのリャーソフはひたすら歌い、演じる。それ以上にすごいのが、アンナ・チェカーシナ。サックス奏者の大御所ウラジーミル・チェカーシンの娘さんである。今回はじめて見たのだが、いや驚いた。ヴォーカルがものすごい迫力。踊って、歌って、さらに電気バイオリンを弾く、これが抜群にうまい。ボンゴも叩いていた。リャーソフとチェカーシナの二人を支えるギター、ベース、キーボード、ドラムが疲れを知らないかのように演奏し続ける。そしてホーンセクション3名。そのうちの一人がレートフである。今日はバリトンサックスとバスクラも吹いていた。大音響なので、音質はよくないが、エネルギッシュな演奏をしていた。

あまりにも大きい音なので、途中で気が遠くなったが、なんとか全部見て、ビデオにも収めた。いやあ、面白かった。今朝の警官のこともすっかり忘れて、気分よく家路につく。しかし、身体はヘトヘトである。今日は早く寝よう。

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Всё кувырком!
http://www.puppet.ru/?pageId=133

Презентация тройного альбома "Расслоение"
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/06/

Анатолий Рясов
http://www.shepot-art.ru/personalia/9/

Прелюдия. Homo innatus
http://www.ozon.ru/context/detail/id/3414357/

Рок-сюита «Расслоение» (2010 г.)
http://www.shepot-art.ru/exfoliation
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2010年06月06日

エトニカ

6月5日。足がつる。痛くて目が覚める。一日にこなす用事は2つまで、という原則を破って昨日は欲張って3つもこなしたせいだ。疲労がこんなところで表れる。起きて30分ほどの足と足裏マッサージ、柔軟体操で、なんとか回復。

今日も昼の人形劇があるのだが諦めて、家で掃除洗濯をすることにした。大嫌いな掃除機をせっせとかけ、ぞうきんで床を拭いた。台所もまんべんなく拭いた。とてもとてもすっきりした。ああ、気持ちがいい。

ついでにたまっているメールにもどんどん返事を書いた。すごくすっきりした。肩の荷が下りたような気がする。

本当はコミュニケーションなんか大嫌いだ。一人でぼんやり静かに過ごしていたい。そうせざるをえないから人付き合いをしているけれど、実はすごく面倒くさい。家にこもって本を読んだり、映像作品を見たり、庭の植物の世話をしたり、ようするに他人に会わずに静かに毎日過ごせたらどんなにいいだろうと思っている。しかし、それでは何も先に進まない、ほとんど何も新しい展開がない。

ああ面倒くさいなあ、と言いつついろいろやっているのです。

で、面倒な仕事をいくつもまとめて終え、とても楽な気分になったので、今夜もドムに行くことにした。今日は民族音楽を集めた「エトニカ」という催しである。

最初のグループはジャンベ、コンガ、フルートという編成。パーカッションがしっかりしているので、フルートが自由に吹けていてなかなかいい。次にディジュリドゥのソロ。日本の知人に似ていて、そのうえ似たような演奏をするので、妙におかしい。しかしテクニックでは知人よりはるかに上である。ビデオに収録したので、帰国したら、知人に見せてやろう。そしてホーメイとジャンベのデュオ。カリギュラはまあまあだけれど、他のホーメイはいまひとつ。元気はあるのだけれど、まだこなれていない演奏である。

休憩をはさんで、口琴のトリオ。前のグループの演奏の時にも練習の音が聞こえていたから、そうとう気合いが入っているらしい。アンサンブルを意識してつくった曲をきっちりと演奏する。よくできている。この先がとても楽しみだ。次に登場したのが、おそらくアルタイの女性だと思うのだけれど、名前が分からなかった。カリギュラ、ホーメイ、その他3種類をきっちりと操り、馬頭琴を弾く。口琴の演奏がすばらしかった。彼女の前に出演したホーメイ、口琴の人たちが完全にかすんでしまった。すごい。会場からも絶賛の拍手。彼女のCDを買い求めたが、まだないと言う。うーん、残念。この人のライブだけはまた是非観に来たい。

次に登場したパーカションの人もそれなりよかったのだけれど、前の女性の演奏があまりにもよかったので、これ以上聞く気になれず、帰ることにした。まだ外は明るく、トレチャコフスカヤの駅前ではギターとバンジョーのデュオが「聖者の行進」を演奏していた。長い夏の夜にぴったりな気がする。ビデオに少しだけおさめて地下鉄に飛び乗った。

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Фестиваль этно-музыки "ЭТНИКА"
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/05/
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2010年06月05日

オブラスツォーフのクヴァルチーラ

6月4日。8時に目が覚める。昨晩ストリャールからメールで連絡があり、22日にライブをやることになったので、嬉しくて目が覚めたようだ。なんだか暴れている夢を見たような気がする。

オブラスツォーフの家(クヴァルチーラ)は地下鉄チェホフスカヤ駅から徒歩10分ほどのところにある。中央人形劇場博物館に予約をすると誰でも見ることが出来る。今日はやっとその家に行く日である。

そのクヴァルチーラのある建物にはユトケービッチやクニッペルなど、錚々たる有名人ばかりが住んでいた。言わば高級マンションである。古い建物なので天井が高く、一室一室が広々としている。オブラスツォーフのクヴァルチーラはドアを開けた途端、魔法の国である。2000点もの小物、おもちゃ、仮面、人形、装飾品であふれている。それらの多くがガラスの棚にきれいに納められている。数々のオルゴール、手風琴、時計がどれもすばらしい。精緻な細工のオルゴールと手風琴をマーシャさんが実際に演奏してくれる。なんという幸福な時間。とりわけネフスキー大通りのパノラマはリトグラフによるもので、しかも手動式で見るアナログの極み。すばらしい。

次々に写真撮影させてもらい、最後にはキッチンでお茶とお菓子を頂戴する。いつまでもここにいたいくらい、居心地のいい空間である。

次の予定までまだ時間があるので例によってロスチクで軽食をとり、トレチャコフ美術館(本館)に行く。どうしても気になることがあったからだ。8年ぶりなので、道を間違えてしまうが、やっとたどり着き、1時間半ほどで主要な作品を見た。ヴァシーリエフがヴォルガ河を描いた作品の他、いくつか今後の課題になるような作品があり、やはり来てよかったと思う。帰国までにもう1回は来なくては。

地下鉄を乗り継ぎながら、はじめてクトゥーゾフスカヤ駅に降りる。今夜はフォメンコ劇場でNoism の「黒衣の僧」の初日である。Noism は新潟のダンス・カンパニーである。今回は国際チェーホフ演劇祭への参加なのだから、すごいことだ。「黒衣の僧」は3月の新潟公演を見ようと思いながら、仕事が忙しすぎてとうとう見に行きそこねたので、とても悔しい思いをした。その作品をまさかモスクワで見ることになるとは、運命としか言いようがない。

実にパワフルなパフォーマンス。呆然としているうちに1時間20分がたっている。満場の拍手。なんだか元気をたくさんもらった気がする。内容については、ここで書くことは控えたい。是非とも生で見て欲しい。

終わった後、レセプションがあり、ごちそうとワインを頂きながら、出演者の方々とお話もできるという幸運に恵まれる。有難いことこの上ない。

帰り際、リューダが酔っぱらっていて顔が真っ赤である。酔いを覚ましてから帰るという。え?車で来たの? 大丈夫かなあ。

初めて来た場所なので、帰りの地下鉄で若干迷うがなんとか帰宅。また遅くなってしまった。明日はちゃんと起きられるだろうか。

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Музей-квартира
http://www.puppet.ru/?pageId=20

Государственная Третьяковская галерея
http://www.tretyakovgallery.ru/

Безымянный яд - Черный монах
http://afisha.yandex.ru/msk/events/259491/
http://www.chekhovfest.ru/programm/program/program_14.html
http://fomenko.theatre.ru/onstage/Monah/
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2010年06月04日

資料の山

6月3日。目が覚めたのが午前11時。さすがに昨晩寝たのが午前4時をすぎたせいもあるが、全身が筋肉痛になっているので、相当疲労していたらしい。ソロ演奏はものすごく体力を使うのだ。

今日はもう一度「せ×しの子馬」を見ようと思っていたのだが、あきらめてゆっくりとブランチを食べる。これからもっと大事な仕事があるので、体調を万全にしなければならない。

中央人形劇場に到着するとナターシャさんが待っていた。重要資料の保管場所に案内してくれる。それは人形劇博物館の奥にある小さな倉庫だった。棚の扉を開け、中から次々と大きなフォルダを取りだしてくれた。全部で4束ある。今日はとりえあずこれだけよ。と言うことはまだまだあるということか。資料の山をかかえて、作業机に向かう。

オブラスツォーフの中央人形劇場は3回来日している。今回見せていただいたのは最初の来日(1979)と2回目の来日(1981)の時の資料だ。日本での日程表、劇を見た観客からの手紙やアンケート、劇評、新聞記事、「ここでは禁煙」などという内輪の張り紙、チケット、チラシ、舞台の図面、等々、ありとあらゆるものが実によく保存されている。そして初めて見る写真の数々…。

時代を物語る資料(史料)をひとつひとつ見ながらため息をつき、そして次々とデジタル・カメラで撮影する。写真をカメラで撮影するとどうしても光が映りこむので、貴重な写真だけは若い職員のガルジェイにお願いして、スキャナーで電子データにしてもらった。撮影した画像は約300枚、スキャンしてもらった画像は38枚。

夕方まで作業を続けて、ようやく一息。今日は資料を細かくチェックしながらの作業だったので、結構しんどかった。数が多いだけに残りはまた来週やることにした。しかし、疲れるけれど、すごく楽しい作業だ。

午後7時に帰宅し、夕食の後メールをチェックしたら、旧友のA氏からのメール。ソ連時代のアニメーション「月への飛翔」(1953)を見たいという。某サイトでは有料で、ダウンロードしても安全なのかどうか不安らしい。もっともなことだ。そこで、他を調べてみたら、無料で見られるサイトがあった。さっそくA氏にメールで返事を書いた。ついでにアニメーションをダウンロードし、見てみることにした。

実はこのアニメーションを見るのは初めてだったので、すごく面白かった。月ではどのような現象がおこるのか当時の最新科学の研究をもとに描かれているので、今見てもウンウンとうなずける。当時のソ連SFが好きな人間(私です)にとっては、心踊る世界である。ロケットの構造とか月の風景の描き方が、実にすばらしい。いやあ、いいものを見ましたとA氏に感謝。

シャワーを浴びた後、洗濯をする。一人暮らしでも何かと洗うものがあるのだなぁ、と勝手に感心する。テレビをまったく見ていないせいか、時間にゆとりがあるので、こうしてブログまで毎日書いている。いいのか悪いのか分からないが、日本に帰ってからの反動がいささか心配でもある。

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ПОЛЕТ НА ЛУНУ
http://www.animator.ru/db/?p=show_film&fid=3031
http://mults.spb.ru/mults/?id=1496
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2010年06月03日

三度目のクラブ・マスチェルスカーヤ

6月2日。新しい映像の編集をなんとか終わらせ、DVDに焼き、ロシア語原稿も4回読み直し、加筆し、楽器の用意もして、あっという間に半日が終わり、5時半に出かけた。今日は3度目のクラブ・マスチェルスカーヤ出演である。

早く機材のセッティングをすませてゆっくり休みたかったのだが、なぜかなかなか準備させてくれず、そうこうしているうちにエディッタがやってきたので、約束のDVDを渡したら、彼女も6月21日に某フェスティバルに出演するというので、必ず行くことにした。彼女は残念ながら今日のあなたのライブは見れないの、と帰って行った。そうだよなあ、みんな忙しいよなあ、それなのに実際に日程が決まってから当日までに3日しかないのだから、今日はお客は5人程度だろうなあ。3月のレートフたちとのライブが5人だったから、そう確信してしまう。

1時間後にリューダがやってきた。機材のセッティングを始める。DVDの動作確認も無事に終わり、サウンド・チェックも終了。アンジェラがお母さんと一緒に来てくれた。招待のつもりだったのにもう切符を買ってしまったというので恐縮する。

なかなかお客さんが来ないので、40分遅れでレクチャーを始める。それなりに面白かったらしくお客の反応はよかった。さて、肝心のライブのためにカフェから劇場スペースへと移動する。この時点でお客さんは7人。予想より多いとはいえ、まあこんなものである。

三宅流監督作品「白日」(2003年。27分)を上映しながらの演奏。自分でやっていても面白かった。続けて自主制作ビデオ(約12分)を上映しながらの演奏。自分でつくった映像なので、やりたい放題である。終わってみたら、お客さんはそれなり満足していたようなので、終わりよければすべてよしである。

アンジェラとは休日に会う約束をして別れた。カフェでそのまま食事が出る。メニューを見ると「ミュージシャン用」と書かれている。カフェのおごりだという。わずかながらもギャラまで頂戴し、食事まで頂けるとは恐れ多いが、しっかりたくさん食べた。ジャガイモとキノコのバター炒めが美味しかった。

リューダが車で家まで送ってくれるというので、喜んでお願いしたら、全然違う方向へと向かう。変だなあと思ったら、見知らぬ家の前に到着。こっち、こっち、と連れて行かれたのが、テオドール・ツェジックのアトリエ兼ギャラリーだった。面白い作品が山のようにある。ザグニが日本公演の時に演奏した楽器もあった。ツェジックの作品だったのだ。マルゥイノフのために制作したピアノの部品を大量に使ったオブジェもあった。写真をたくさんとる。そして、ニコライ・ドミートリエフの肖像画。リューダはこれを見せたかったのだ。いい作品だ。これもたくさん写真にとった。

ライブの後でくたくたなので、そろそろ早口のロシア語が聞き取れなくなってきた。芸術家の家を後にし、眠そうにリューダが運転する車からモスクワの夜景を眺める。街灯が水面に反射するモスクワ川がとても美しかった。

家に着いたのは午前1時だった。

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2 ИЮНЯ / Лекция, концерт, кинопоказ
http://mstrsk.livejournal.com/93692.html
http://community.livejournal.com/__moscow/1415625.html
posted by masa at 07:27| Comment(0) | モスクワ日記2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月02日

アラジンの魔法のランプ

6月1日。昨晩の原稿が後をひいていてものすごく眠いが、8時に起きる。今日の芝居は絶対に見たい。半分寝ながら適当に食べ物を胃に入れる。あまり胃の調子がよくないので、本当に適当である。

中央人形劇場に到着すると、普段よりずっと人が多い。続々と団体さんがやってくる。ひょっとしたら座る場所がなくなるのではないかと心配になってきた。なにしろ、こちらは毎日タダでお芝居を見せて頂いている身である。劇の始まる直前まで隅っこの方で様子をうかがい、空いている席にそっと座るというパターンだ。空席が多い場合、会場整理の女性が空いている席まで誘ってくれることも多い。恐縮することこの上ない。

なぜ今日はこんなにお客さんが多いのかと思ったら、子どもの日だったのだ。どうりでホワイエではミネラル・ウォーターが無料で配布されていたし、万全を期して警備員もたくさん配置されていた。芝居が始まる前にはどこかの偉い方が舞台挨拶もした。

今日の演目は「アラジンの魔法のランプ」。ニーナ・ゲルネット作、1940年初演。今年で60年も上演し続けている名作である。「ありえないコンサート」とともに、ずっと見たいと思っていた作品だ。そして、期待通りに、すばらしい人形劇だった。

お話は誰もが知っている通り。魔神が登場するところ、一夜にして黄金の宮殿ができるところ、剣の打ち合いなど、見どころ満載。とにかく舞台美術が懲りに凝っているし、役者さんたちがいい。ライオンの演技は今まで見た劇の中でも最高だった。ロングランの芝居というのはこういうものなのかと感心しきり。

感動したまま人形劇博物館のオフィスに行くとナターシャさんが待っていた。待望の資料が積んであった。大井数雄さんと彼の劇団「カラバス」に関する資料全部である。三つの束になってまとまっている。博物館の使命は、資料の収集、整理、保存が基本だが、人形劇博物館もその使命に忠実に、あらゆる資料を徹底的に収集し、きちんと整理し、丁寧に保存している。

日本ではお目にかかることのできない大井数雄さん直筆の手紙や初めて見る写真が続々と出てきて、感極まる。夢中になって資料をデジタル・カメラで撮影する。公演のチラシや切符まで保存されてる。しかも同じものが複数ある。これは、おそらく生前に大井数雄さんが、ロシアで多くの人に見てもらえるように、そして散逸しないように、複数部の資料を博物館に送っていたものと考えられる。手紙の書き方、つまり資料の説明に関する文章を読んでいると、大井さんがいかに細かい配慮で中央人形劇場に資料を送っていたかがよく分かるのである。

当然、大井さんは旧ソ連の人形劇に関する資料の収集と整理を周到に行っていただろう。これまでの調査で、それは大体想像がつくのだが、さて、その資料が日本でちゃんと保存されているかどうか? これはまた7月に帰国してから調べることになるだろう。

昼食をとるのも忘れて、約300枚ばかり写真撮影をした。なんだかすごく仕事をしている気持ちで充実している。おやつのケーキ(甘いものは久しぶりだ。すごくおいしい)を頂き、ナターシャさんに、資料のデータ管理について尋ねた。昔通りのカードだった。残念ながら、電子データはない。カードの現物を見ていて思ったのは、やはりこれがもっとも基本的な仕事だということだった。基本に忠実は、いちばん大事なのだ。

中央人形劇場は3回来日しているので、その時の関連資料も保存されているはずである。ナターシャさんに尋ねたら4箱の資料があるという。すごい、是非見せてくださいと頼んだら、快諾。明後日に見せてもらうことになった。すごく楽しみだ。

明日のレクチャーの原稿が気になっているので帰ろうかと思ったが、思い切って博物館の職員でジャズ好きの若者に原稿のネイティブ・チェックを頼んだら、喜んで引き受けてくれた。就業時間が過ぎ、職場の同僚が皆帰った後も原稿を見てくれ、内容もしっかり理解した上で、適切なロシア語に直してくれた。日本文化にものすごく興味があるので、こうした仕事はかえってうれしい、などと言ってくれて、有難いことこの上ない。

ちょっとだけ残業をした若い職員二人と博物館のオフィスの鍵をしめ、劇場から地下鉄駅まで並んで歩きながら、世間話をした。日本のヤクザの数など聞かれたが、知っている訳がない。北野武のせいで、日本にはヤクザがたくさんいると思っているらしい。

明日のレクチャーとライブに行くけど、写真を撮っていいかと言う。いいけど、なぜ? 博物館発行の「奇跡の劇場」にあなたの原稿と写真を載せることにしたのです。はあ? そんな恐れおおいことになっていたのですね。どうりで原稿のチェックを一生懸命やってくれたわけで、それはそれでいいのですが、明日の本番がつまらなかったどうするのでしょう。

ええと、精一杯がんばります。はい。

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Волшебная лампа Аладдина
http://www.puppet.ru/?pageId=53
posted by masa at 05:10| Comment(0) | モスクワ日記2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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