2011年03月14日

無事です。

国内外の大勢の方々から安否を気遣うメールを頂戴しました。
有り難うございます。こちらは家族共々元気です。

新潟市内は申し訳なくなるくらいに平穏無事です。
災害ニュースを見るにつけ、胸が痛みます。
自分の無力さ加減が情けなくなります。

どうか一人でも多くの人が助かりますように。
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2010年07月21日

帰ってみたら

モスクワから帰国するなり、毎日慌ただしく、とてもブログどころではない。此の世の瑣事だらけである。何か書こうという気に到底なれなかった。

ロマンやエドはどうしているのかなあ、と思っていたら、6月22日のクラブ・マスチェルスカーヤでのライブがYouTubeに載っていた。おお、いつの間に。
stolyar sarat suzuki 1 1
http://www.youtube.com/watch?v=ETnjTmGqqIU&feature=player_embedded

そう言えば、会場でビデオ撮影していた人がいたなあ。
どうも有り難うございます。

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Роман Столяр, Эд Сарат, Масами Сузуки. Концерт в "Мастерской", Москва 22.06.2010
http://basov-m.livejournal.com/9579.html
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2010年06月29日

急がば回れ

6月28日。朝から最後の洗濯をし、荷造りをはじめる。100枚近いCDとDVDをいかにスーツケースに詰め込むか。何度も詰め直しては、スーツケースを体重計に載せて重さを計る。7回目ぐらいでようやく20キロ以内におさまった。しかし、その分手荷物が増えてしまう。今度はその手荷物をできるだけコンパクトにまとめるように悪戦苦闘する。楽器がいくつもあるせいで、どうしても減らすのは難しい。

どうやら目処がついて(それでも5つの手荷物である)、ゴミ出しをし、シャワーを浴びて、まだ出発まで2時間あるので、8月28日に佐渡で開催予定のシンポジウム「世阿弥と佐渡の能楽」のチラシのデザインを仕上げてしまう。なんとか出来上がったものの主催者の先生宛にチラシの添付ファイルをメールで送るが、デリバリーエラが帰ってくる。何度やってもだめなのでもう諦める。

午後3時。時間通りに迎えが来た。いかし、来たのは約束していたマクシムではなく、リューダ。ターニャが卒業試験前日でマクシムも身動きできないという。大丈夫、私があなたを空港まで連れて行くから、とリューダ。しかし、話をしていると、昨日のカザフでのフェスティバルから夜遅く帰ってきて、ほとんど寝ていないという。大丈夫かなぁ。

小さな渋滞を抜けながら、リューダの車は街道に出て、快適に走って行く。車中でニコライの生前の話(音楽の仕事だけに携わるようになるまでの経緯、さまざまなミュージシャンとの出会い等)をたくさんしてくれる。録音機を用意しなかったことが悔やまれるが、次回また改めてきくことにしよう。

空港に向かう時にいつも通るレニングラード街道ではなく、違う街道を走っていることに気がついて少し不安になる。渋滞を避けて近道を走っているらしい。やがて、空港への道を示す標識が見える。やれやれとほっとしたのもつかの間、空港への分岐点で車がたくさん立ち往生している。なんと、警官がいて、完全に道を封鎖しているではないか。どうしても通れないことが分かり、リューダが警官に何度も迂回路を尋ねる。いくつかの答えが返ってくるが、その1番目が「道に詳しいタクシーに乗れ」である。ふざけている。さらにいくつかの案があったが、空港への道は大渋滞なので、これは一端モスクワの中心部に戻って、空港直通の電車で行くのがベストだという結論にリューダは達した。

渋滞を予測してボーディング3時間前に家を出たのだから、いつもの渋滞する道を愚直なまでにのろのろと走っていれば、確実に空港にたどり着いたはずなのだが、近道をしようとしたために、かえって最悪の事態になってしまった。さらに、リューダは道を引き返そうとして、見知らぬ通りに入ってしまったために、完全に方向を見失ってしまった。なんども停車し地図を確認し、また走るが、しばらくするとまた現在地が分からなくなっている。道を歩く人や信号待ちの隣の車のドライバーなど何人もの人に道を尋ねてようやく目的の街道に出る。

やっと知っている道に出て、これで順調にいくと判断したリューダはまた昔話を始めるが、私はこのまま飛行機に間に合わなかったらどうしようとそればかり考えている。リューダは大丈夫よ、まったく問題ないわ。と言っている矢先に違う分岐点に入ってしまい。また反対方向へと走り始める。あら、ごめんなさい。また元の道になんとか戻り、出発から2時間後にして、ようやくベラルースカヤ駅にたどり着く。

この駅から空港への直通電車が出ている。5時の便はすでに出てしまった。次の便は5時30分。空港までの所用時間は35分。離陸2時間前ちょうどに着くことになるので、一安心。切符は300ルーブル。出発前にトイレに入ったら25ルーブルだった。

この電車のことは知っていたが、なにしろたくさんの荷物を持って電車の乗り降りをしたくないので、車を頼んでいる訳で、こんな事態になることは予想していなかった。しかし、もうこの電車で行くしかない。荷物を載せるところまではリューダが手伝ってくれたので、それだけでもとても助かった。リューダに別れを告げ、電車は走り出す。エクスプレスとか言いながら、少しも早く感じない。それでも道路の渋滞を考えれば、ものすごく早い。今回の事態についてリューダは別れ際、「こんなことはよくあることよ。そして必ずなんとかなる。これが人生よ」と言っていたが、まったくその通りだと思う。ロシア的生活から学ぶことは多いのだ。

今度は何事もなく、空港に到着。しかし、荷物が多いので、汗だくになってターミナルへと向かう。ボーディングは始まっている。すでに長い列ができている。じっと順番を待ち、心配していた荷物の重量オーバーもなく、やっとパスポート・コントロールも通り抜け、ボディ・チェックで小物を入れた箱が壊れて、時計や携帯電話が床にまき散らされ、係員が珍しく詫びているのに応えるのも面倒くさく、なんとか搭乗口までたどり着く。

搭乗までまだ40分ほどあるので、いつものアイリッシュバーで最後のロシア・ビールを飲みながら、やっと一息つく。後は飛行機に乗ってしまいさえすれば、ひたすら寝るだけだ。隣の席の客がタバコ臭くないことを祈るばかりである。
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2010年06月28日

おみやげとマルトゥイノフ

6月27日。朝から掃除機をかけ、床をぞうきんがけする。最後の洗濯もする。いやあ、きれいになった。すっきりした。

いよいよ明日の帰国を前にして、日本へのおみやげを買いに行くとにする。ルイノクとも思ったのだが、手っ取り早くおみやげを買うなら、やっぱりよく知っているヴェルニサーシュだろう。ということで、イズマイロヴォに向かう。よく知っていると言いつつ、間違えてイズマイロカヤ駅で降りてしまった。公演でくつろぐ人々の姿がホームから見える。本当はあんなふうに日陰でのんびり過ごしたいのだが…。再びパルチザンスカヤへ引き返す。

イズマイロヴォのヴェルニサーシュはいつも通りの賑わいである。入り口付近のDVDショップで「陽気な連中」と「ヴォルガ・ヴォルガ」を買う。モノクロ映画に彩色したもので、気になっていたのだ。いくつか店を横目に見ながら、昔風のマトリョーシカを売っている店で立ち止まる。気に入ったデザインのものがあったので、店の若者にいくらだときくと900ルーブルだという。高いよ。じゃあ、いくらなら買うのか値段を言ってよ。700でどうだ。いや、750。しょうがないか。もう少し安く言えばよかった。750で購入。

似たような品物しかない中でもたまにいいものもある。アルハンゲリスクの幸福の鳥が軒先に吊り下げられている店があった。面白い絵が描かれた木の器が並べられている。スコモローヒの絵が描かれた皿と三人姉妹の絵が描かれた器が気に入って、どちらか迷うが、結局、三人姉妹と幸福の鳥を買う。しめて2,000ルーブル。高いが、妥当だと思う。その他いくつか買い込み、予定の予算をオーバーしたので、帰ることにした。

一端帰宅し、水をガブガブ飲み、軽く食事をし、一休み。メールなど書く。先日送ったメールに今頃ミーシャから返事が届く。かなり田舎にいて、メールチェックができなかったという。急かすから、無理につくったDVDのコピーを渡そうと思っていたのに、田舎に行くのなら事前に言ってほしいものだ。DVDは友人に託すことにした。

午後7時、ドムへと向かう。今日はマルトゥイノフのコンサートだ。新譜の「イーリアス」の発表記念と新刊本の発表記念を兼ねたコンサートのはずだったが、「イーリアス」はジャケットのデザインがまだ終わっていないためリリースされていないし、本の方も出版が遅れているという。前倒しの記念コンサートということになってしまった。CDと本を手に入れるのを楽しみにしていたのに、とても残念だ。

マルトゥイノフというのに、今日はお客が少ない。もうみんな夏休み体勢なのだろう。コンサートの前にマルトゥイノフが新作のコンセプトについて長々と話すが、ほとんど理解できない。マルトゥイノフの本もそうだが、彼の考えも表現も難しくて、何度も読まなければ理解できない。その場の話なんか全然分からない。でも、分からないなりに面白いので、それでいいのだ。

映像を流しながら演奏するという。ピアノの演奏が始まる。いつものように同じフレーズの繰り返し。微妙な変化。さて、映像は? なにやらシミのようなものがぼんやりと映っている。何も動かない。シミのままである。映像は後から流すのかな。演奏は続く。どう表現していいのか難しいのだが、メロディーの反復と増幅、音の差異と連続がとても気持ちいい。映像の方はというと相変わらずシミのままだが、かすかにその模様がはっきりとしてきている。演奏はさらに続く。譜面もなしに、この連続はすごい集中力だ。しかも早いパッセージ、ピアノフォルテの連続。筋力もすごいのだろうなあ。気がつくと映像がはっきりしている。どうやらレンガの壁である。先ほどのシミは壁をアップにしていたので、ぼやけていたのだ。カメラがひいていくにしたがって、壁の様子がどんどんはっきりしていく。演奏は続く。カメラはどんどんひいていく。だんだん巨大な壁であることが分かっていく。演奏は続く。巨大な壁は巨大な建造物であることが分かってくる。塩蔵は続く。巨大な建造物はなにやらとても不自然な異様な代物であることが分かってくる。演奏は続く。ある一つの建物の部分を切り取って、それを横に反復した合成映像であることが分かる。演奏は続く。どこまでも反復する強大な建物の壁。上下の白い空間がどんどん広がり、やがて地平線の中に完全に消えてなくなり、真っ白になる。演奏の音は休符が増え、だんだんと消えていく。

1時間余の演奏。すごい。

昨日の偽チベットのマントラよりも、よほど祈りに近い、荘厳な構成だった。ほとんど生音に近い演奏で、ピアニストの力量がはっきりと分かる。曲も演奏も実にすばらしい。CDがリリースされるのが楽しみだ。マルトゥイノフの本もしっかり読まなくちゃ。

モスクワ最後の夜をマルトゥイノフで締めくくることができて、私は実に幸せである。

明日は朝から荷物の整理をし、午後3時にアパートを出発する。100枚近く入手したCDとDVDをどう整理するか頭が痛い。明らかに重量オーバーだろう。まあ、なんとか対処しよう。

日本に帰れば、また書類と会議と授業に追われる日々である。このブログも当分書き込むことはないだろう。毎日日記が書けるということは、それだけ生活にゆとりがあるということなのだと思う。「忙しい」という愚痴が書けるだけでも幸せだろう。愚痴を書く暇もない、まるでゆとりのない生活っていったい何なんだろう。ああ、帰国するのが恐ろしい。

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Вернисаж в Измайлово
http://kremlin-izmailovo.com/Souvenir-Market

Презентация книги Владимира МАРТЫНОВА "ВРЕМЯ АЛИСЫ"
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/27/
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2010年06月27日

カダンスと偽チベット

6月26日。帰国まで3日しかないのに、朝から洗濯やら掃除やらで時間が過ぎていく。ゴミを出し、食品を買いに行き、やっと一息つき、昨日買ったアートガイトを見ていたら、歴史博物館で面白そうな展示をやっていることが分かり、急遽行くことにする。

2ヶ月近くモスクワにいたのに赤の広場に初めて来た。近くは何度も通っていたのに、特に用事もなかったので、見たいとも思わなかったのだ。久しぶりの赤の広場は土曜日ということもあり、観光客であふれていた。行き交う人々がみんな楽しそうでなんとなく嬉しい。広場を散歩したい気もするが、時間があまりない。今日の目的は歴史博物館で開催されている「勝利のパレード」展である。昨日ヴィンザヴォートでパレードの写真展を見てとても面白かったので、1945年の戦勝記念パレードに関する特別展示を見る気になったのである。いやあ、あるある。パレードに参加した軍人たちの制服や身の回りの品々がたくさん展示されている。どれもとても保存状態がいい。戦争に勝つということが、どんな意味があるのか、またも考えさせられた。会場ではパレードのドキュメンタリー映画も上映されており、じっと見入ってしまった。(なんとこの映画はYouTubeでも見ることができる)

パレードっていったい何なんだろう。いろいろな国で、お祝いやお祭りでパレードをするけれど、何故パレードをするのだろう。不思議だ。これはよくよく考えて見る必要がありそうだ。さっそく調べてみよう。などと考えているうちに、すでに時間はオーバーしている。大急ぎで、歩いてクラブ作曲家同盟へ向かう。午後4時30分。

オーガナイザーのモシュコウがいた。今回の企画や今後の展望などについて軽くインタビュー。今日はベテランのゲルマン・ルキヤーノフのグループ「カダンス」である。アントン・ザレターエフ(テナーサックス、フルート)とアレクセイ・クルグローフ(アルト・サックス、アルト・クラリネット)をフロントに配置し、ピアノ、ベース、ドラムという6名の布陣だ。曲はすべてルキヤーノフの作曲。彼は「作品」と言っていた。その通り。まさしくルキヤーノフの作品で、譜面に従ってメンバーはきっちりと決められた構成の中できっちりと演奏していた。もちろんテーマと全体の構成はしっかり決まっていても即興が主体だが、その即興の部分も担当の小節数が決められていて、本当に全体が「作品」として構成されている。

テクニック抜群のメンバーばかりである。当然、すばらしい演奏だ。作品そのものもすばらしい。いい作品なので聞いていて気持ちがいい。そしてやっぱり眠くなる。今回はビデオ撮影が許可されなかったので、ただ聞いているだけという状態のせいもあるが、作品ができすぎていて(完成度が高いので)、思わぬ展開というものがないために、緊張感が持続しない。これからいったいどうなっちゃうんだろうという感じが全然ない。曲をつくる、ひとつの作品をつくるという点でルキヤーノフはすばらしい芸術家だと思う。でも、逸脱や間違いの大好きな私としては、やはり眠くなるのである。

モシュコウに別れの挨拶をし、少し気温が下がり始めた通りを歩く。12月頃の授業で現代のロシアの日常生活について話をしなければならないので、街中の様子を写真に収めておかなければならない。薄着でアイスクリーム食べながら楽しそうに通りを歩いているモスクワの人々の様子を見て、学生たちはどう思うのだろう。

途中で腹ごしらえをして、ドムに到着。午後7時30分。サウンドチェックをしている。チベットのマントラを基本にした音楽をやるグループ「プフルパ」である。中央に置かれた大きな太鼓を見て、数年前に彼らの演奏を聞いたのを思い出す。あの時より舞台のセッティングが凝っている。楽器も増えたようだ。やはりチベットで仕入れてきたのだろうか。

舞台は黒幕で覆われ、暗く、中央のライトだけで全体を照らしている。何やら黒魔術の衣装としか思えない格好でメンバー4名が舞台に座る。お香の煙が漂う。マントラと言うから、いくつかのフレーズが連鎖するのかと思ったら、ア、エ、オの母音しか聞こえない。時々子音も聞こえるが、単にオウオウ言ってるようにしか聞こえない。教典のようなものを見ながら声を出し、演奏しているので、たぶん本当のマントラなのだろう。しかし、あまりにも単調である。日本のお寺だったら、特に真言宗だったら、もっと見ていて面白いパフォーマンスをするぞ。少なくとも私の知っているチベットの密教音楽はもっと派手で面白いぞ。

ビデオ撮影しながらなので、なんとか見ていられるが、途中何度も眠くなる。今度は退屈だからだ。マントラの唱え方も、楽器の演奏もそんなにたいしたテクニックとは思えない。マントラを聞かせるのならコンタクト・マイク使ってこんなに大きく音を増幅させず、生音だけで演奏するべきだと思う。大音響で意識を朦朧とさせ、格好と演出でごまかしているとしか思えなくなってきた。結局ビデオを1時間回していたが、どうにも我慢できなくなって、途中で会場を出た。

目が痛い。安いお香の煙のせいだ。不快ではないが、タバコどころかお香も駄目になってしまった自分が情けない。

不愉快な音楽ではなかったのだが、「チベット」「儀式」「マントラ」というキーワードに惹かれてやってきたお客さんたちはきっとなにかを求めてきたはずである。それは単なるエキゾチズムではなく、精神的な何かなのだが、これを「日本」に置き換えた場合、やはり同じことがおこるのだろう。

まだまだ明るい通りを若者たちが笑いさんざめきながら行き交う。なにげない日常の幸福をカメラで撮影しながら、トレチャコフスカヤ駅へと向かう。モスクワは今日も平和である。

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Парад Победы. 24 июня 1945 года
http://www.shm.ru/ev69530.html

Парад Победы 1945 (1) Victory Parade Siegesparade
http://www.youtube.com/watch?v=_Sgphzwn_bE

«КАДАНС» ГЕРМАНА ЛУКЬЯНОВА
http://www.ucclub.ru/event/26-06-2010/17-00/
http://www.jazz.ru/newsound/#06

ПХУРПА
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/26/
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2010年06月26日

ヴィンザヴォートとスタロスチン

6月25日。早起きしたのだが、朝食の後またうとうとしてしまう。気温が高いせいかなんとなくだるい。とにかく昨日買った展覧会カタログが重いし、大きいし、じゃまなのですぐに郵送することにする。いつもの郵便局に行くと、なんと4人も並んでいる。しかも、直前の男性はビブリオグローブスの袋を4つも抱えている。ビブリオグローブスで売ってる本ならネットでも買えるのに…。しばらく待たされ、なんとか荷物も送り出す。

カバンが軽くなったところで、オギに行く。本ではなく、CDを物色するためだ。以前より品揃えは少なくなっているが、CDの棚には珍しいものがある。ヴェーラ・パーヴロヴァの朗読によるアフマートワとマンデリシュタームのCDがあった。レフ・ルービンシュテインのCDもあった。その他にも面白そうなCDを10枚ほどを買った。さあ、帰ろうと思った瞬間、目に飛び込んだのが集団行為の『郊外への旅』続編。ああ、そしてその隣にはヒトルークの自伝が…。もちろん買い、再び郵便局へ戻った。

今度こそ最後の郵送作業であったことを祈りつつ、隣駅のチカーロフスカヤへ。クールスク駅付近はとても混雑していた。そのままヴィンザヴォートへ向かう。いつも通り、まず最初にゲルマン・ギャラリーを覗く。アンドレイ・ブローヒンとゲオルギイ・クズネツォフの「リサイクル」展。2年前にも彼らの同じシリーズを観たことがあるが、今回はさらに内容をレベルアップしている。リサイクル素材を使って、とても古典的なレリーフやステンドグラスをつくっているのだ。しかもとても大きい。一見古典的だが、よく見ると現代的な内容で、しかもかなりのパロディが入っていて、結構面白い。レジーナ・ギャラリーではイワン・チュイコフ展をやっていて、嬉しかった。プロウン・ギャラリーは毎回地味な企画だが、とてもいい内容なので、今回も期待して覗いたが、期待通りだった。アヴァンヤルドの時代から現代までのテキスタイル展である。ステパーノヴァ作品の現物が見られて嬉しい。彼女以降のソ連時代の生活に根ざしたさまざまな意匠が驚くほど斬新。「ソ連邦」のロゴとロケットを全体にデザインしたベストなんてすごく欲しい。いい展覧会だったのにカタログがなかったのが残念だが、これ以上本を買う余裕はないので、かえって助かった。

思いがけずに感動したのが、「パレード」写真展である。タス通信秘蔵の写真からパレードの写真ばかりを集めた展覧会である。1919年から90年代までの写真が100点以上、年代順に並べられている。どれもその時代を反映しているパレードばかりである。パレードは人間だけでなく、自転車、オートバイ、戦車、ロケットなどさまざま。また大きなオブジェ(パン、飛行船、ロケットなど)もたくさん登場する。衣装もさまざま。ソ連時代の公式のお祭りは実に面白い。これは是非とも写真集にして欲しいと思う。

大急ぎで帰宅し、大急ぎで夕食をすませ、大急ぎでまた出かける。今日は一番前の席に座りたいのだ。ドムでスタロスチンのライブである。

いちばん座りたい場所に座れた。いつも遠慮して離れた場所からビデオ撮影しているのだが、スタロスチン一人なら一番前の席の方がいいと思って座ったのだが、ステージのセッティングはどう見ても4人以上の出演である。うーん、まあいいか。始まる前からずっとどこかの田舎で民謡を歌っている老婆たちの映像が流されているので、それを見ていたら、いつのまにかうとうとしていた。今日は30度くらいあったものなあ。

スタロスチンの他に女性歌手2名、パーカションとヒューマン・ビートボックスの6人編成である。スタロスチンは名前を知らない横笛、縦笛、弦楽器、角笛、鈴を演奏しながら、いつもながらの透き通る地平線の遠くまで届くような声で歌う。女性歌手二人もすばらしい。一人は見たことのない弦楽器も演奏し、ついでにホーメイまでやってしまうエネルギッシュな歌声。パーカションがロシア風チンドン太鼓で演奏するのが楽しい。ヒューマン・ビートボックスの若者は工夫していろいろな音を加えるのはいいのだけれど、手がなくなると低音のベース音ばかり出すので、これが他のメンバーの澄んだ音をじゃましてかえってうるさい。電気を使うのはやはり難しい。

お客さんは一曲ごとにブラボーの連続。途中休憩もはさまずに、2時間以上スタロスチンは歌い続けた。すごいなあ。フォークロアにどっぷり浸って、最後にお客さんは全員「有り難う」コール。いやあ、いいライブだった。

そういえばタバコを吸っている人がいなかったな。音楽の好みと喫煙率には関係があるのだろうか、などとくだらないことを考えつつ、いいライブの後は足取りも軽く、家に帰ったのだった。

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ВИНЗАВОД
http://www.winzavod.ru/

Recycle (Андрей Блохин, Егор Кузнецов)
http://www.winzavod.ru/sobitie/224

Иван Чуйков - "ДАЛЕКОЕ - БЛИЗКОЕ"
http://www.winzavod.ru/sobitie/204

Галерея «Проун»
http://proungallery.ru/gallery/about/

ПАРАДЫ
http://www.winzavod.ru/sobitie/210

Сергей Старостин
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/25/
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2010年06月25日

今シーズン最後の人形劇

6月24日。朝からひたすら雑務の対応に追われる。なんとか片付けて、近くの銀行に行き、現金を引き出そうとするが、うまくいかない。実は昨日からうまくいかないので心配になる。午前中は面白くないことばかりで終わり、韓国製インスタントラーメンと黒パンのブランチですませ、本をカバンにつめこみ、いつも通り郵便局へ向かう。

今日は5キロぴったりだった。すでに50キロぐらい郵送しているが、いったい何冊の本を送ったのだろう。約束の時間に遅れているので、大急ぎで中央人形劇場へ。頼まれていた写真のデータをガルジェイに渡した。私の書いた文章は「奇跡の劇場」に掲載されることが決定し、秋には発行されるので、その時には雑誌の現物を郵送してくれるという。有難いことだ。

ガルジェイとヴァロージャさんにお別れの挨拶をする。毎年なにがしかモスクワには来ることになるので、今度来るときはまた必ず人形劇博物館に立ち寄ることを約束する。アルハンゲリスクやドム以外にも知人がたくさんいる場所が増えたことはたいへん嬉しいことである。

夜のお芝居まではまだ時間があるので、劇場から近くにあるモスクワ現代美術館に行く。モスクワのMOMAと言われているところである。アレクサンドラ・エクステル展が開催されていた。実はエクステルに関してはそれほど思い入れがある訳ではなかったのだが、今回の展覧会を見て、エクステルが本当にすばらしい芸術家だったということを再認識した。アヴァンギャルド時代の作品はもちろんいいのだが、1930-40年代の仕事がとてもいいのだ。特にアナトール・フランスの『血のミステリア』(1941)やランボーの詩集の挿絵とブックデザインがすばらしかった。これらを見てから若いときの衣装デザインを見直すと、また面白い。

エクステル展を観た後で、同時開催されているチモフェイ・パールシチコフの「サスペンス」展を観た。決して悪くないし、展示の仕方も考えてある、やはりプロの作品である。しかし、なぜかつまらない。凝った展示などせずに、写真そのもので勝負すればいいのにと思う。たぶん、エクステルの生の作品を観た後なので、変に加工された写真の展示が人をだましているような感じに思えてしまったのだろう。

美術館の売店を覗くと、ああ、いけない。もう本は買わないと思っていたのに、ここでもお宝の山である。全部入手したい気持ちをぐっと抑えて、「ロシア・アンダーグラウンドのパンテオン」展のカタログとプリゴフ追悼展のカタログを買った。すごく重くて約1万円。プリゴフ展の方は、これで最後の1冊ということで、たいへん有難い。

再び中央人形劇場へ。今シーズン最後の芝居は「めずらしいコンサート」である。先日のチチコフを観て人形劇が気に入ってしまったマーシャも来ていた。理事のルチンさんの舞台挨拶もあった。座席はほぼ満席。みんなこの芝居が好きなんだなあ。実際、これは何度観てもあきない、すばらしい作品だと思う。初めて観たときも感動したが、舞台裏も観て、3回目の今日は、細部のさまざまな工夫まで注意して観ることができて、ますます面白く観てしまった。

上演中は笑いと拍手が絶えない。こんなに人を幸せな気持ちにさせてくれる人形劇がロシアに、いやこの世にあることに感謝したい。

中央人形劇場とはしばらくお別れである。またきっと何度も来ます。有り難う。有り難う。

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Московском музее современного искусства
http://www.mmoma.ru/

Александра Экстер «Ретроспектива»
http://www.mmoma.ru/exhibitions/petrovka/aleksandra_ekster_retrospektiva/

Тимофей Парщиков. «Suspense / Саспенс».
http://www.mmoma.ru/exhibitions/petrovka/suspense/

Необыкновенный концерт
http://www.puppet.ru/?pageId=59
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2010年06月24日

お宝を頂戴する

6月23日。目が覚めたら、視界がぼやけている。へんだなあと鏡を見ると目が真っ赤に充血している。昨日、気づかないうちにタバコの煙を浴びていたのだろうか。帰宅してから怪しい生ビール(クワスにアルコールが入っているような味だった)を飲んだせいかもしれない。でも、気持ちは悪くない。昨日の演奏がとても楽しかったからだ。瞬間、瞬間に新しい何かが開かれていく、その連続をはっきりと感じながら演奏できたことがとても嬉しい。ロマンもそう感じたらしく。同じような感想をブログに書いていた。

枕カバー、パジャマ、その他を洗濯し、定番のお粥を食べ、ゴミを出し、雑務のメールをたくさん書き、やっと出かける。今日も中央人形劇場である。人形劇博物館のいつもの机にたどり着くと、びっくりした。DVD8枚と「奇跡の劇場」のバックナンバーが置かれている。ヴァロージャさんがやってきて、さあ、これで資料は全部揃えたぞ、とのこと。いやあ、有り難うございます。本当に大事な資料です。感謝、感謝です。

ガルジェイが自分でつくったというインド風のお好み焼きをごちそうになり、お茶を飲んでいると、Hさんがやってきた。昨日ポスターを頼んでおいたから貰いましょう。私はほんの数枚でいいけど、あなたは全部いるでしょう。はい、はい、もちろん。頂けるものは何でも頂戴しますよ。

エリザヴェータさんがポスターを2枚ずつ収納棚から出してくれる。今まで観てきた人形劇の他に、まだ観ていない、いつか観たいと思っている人形劇のポスターもあれば、もうレパートリーからはずされ、二度と上演されないかもしれない古い劇のポスターもある。全部で20枚以上頂戴した。こんなにたくさんの宝物を下さって、感謝申し上げます、と言うと、エリザヴェータさんも、そうでしょう、そうでしょう、と何度もうなずいていた。ほんの数枚と言っていたHさんも結局、全部のポスターを貰っていた。

たくさんのお宝を抱えて、人形劇場を後にする。そのままトヴェルスカーヤ駅近くまで歩き、ノヴォジェルという店を探す。あった。本屋だとばかり思っていたのだが、実は現代アート系のアクセサリーや小物を売っている店だった。そして、ここにずっと探していた本があった。「フドージェストヴェンヌィ・ジュルナール(Moscow Art Magazine)」である。どこの本屋でも必要なバックナンバーが見つからず、困っていたのだが、この店にはバックナンバーがたくさん積んである。すっかり嬉しくなってニコニコしていたら、店番のおばさんが、こんなのもあるのよ、と次々と品物をすすめてくれる。といっておしつけがましいところがなく、好感が持てる対応である。背中にトンボの羽をつけて空を飛んでいるデブ猫の絵をあしらった小物入れが妙に気に入って、買ってしまった。800ルーブル。雑誌より高いが、まあいいだろう。

そのままファランスチェールに直行する。ネットショップで売っていないのに、この店にある本がどうしても気になっていたからだ。よかった。まだ売れ残っていた。『ロシアの詩。1950-2000』分厚い2巻本。しめて1,000ルーブル。これは安いと思う。人形劇場の資料と雑誌とこの本と合わせて10キロぐらいになってしまった。気温は28度を越えている。汗だくで歩き、地下鉄に乗り、腰痛を心配しながら、なんとか帰宅。

一休みして、ビデオカメラを持ってまた出かける。モスクワ滞在も残りわずかなので、見れるライブは全部観ようと思う。ドムに到着。

今夜のライブは「騒音と凶暴」という2日間のフェスティヴァルの第1日。エレクトロニクス、ノイズ系のグループが3つ演奏する。ボリーソフがいたので、挨拶する。彼も出演するという。今日の企画は彼によるものらしい。自分の後継者である若手たちを集めての企画である。

タイトルからして、ものすごくうるさくて、感覚が麻痺して気持ちよくなるトランス・ミュージックだろうと覚悟を決めていたのだが、始まってみると意外なほどうるさくない。私は疲れると、まず耳がよく聞こえなくなる傾向にあるので、そのせいかもしれない。

最初のデュオが黙々と演奏する。出す音のパターンが大体30種類ぐらいで、その組み合わせだけで展開するので、すぐに飽きてしまう。演奏している当人たちはきっと楽しいのだろうけれど、これじゃあ全然「凶暴」じゃあないぞ。途中でビデオ撮影もやめ、うとうとしてしまう。

次のグループはコンピュータ(MacBook)、エレクトロニック・ドラム、ヴォーカル(詩の朗読)のトリオ。最初は朗読が面白いなあと思って聴いていたのだが、格好をつけて演奏しているドラムはたいしたことないし、コンピュータの出す音もそれほど面白くない。バックで流されている映像はそれなりにいいので、そればかり観ていた。しかし、このグループも途中でビデオをストップ。お願いだ。もっと過激な音の連続を聞かせてくれ。

3つめのグループでボリーソフが登場。中年のロシア男性にしてはとてもスレンダーなボリーソフがサングラスをかけてエレキを弾き始めると滅茶苦茶カッコイイ。最近いつも一緒に演奏している女性のドラムもパワフル。これにどろどろしたベースも加わる。ボリーソフがこんなに続けてしっかりロックしているのは初めて聞いた気がする。

と、ここでどこからかタバコの煙が漂ってくる。気持ちよくなったお客さんが禁煙のフロアーでタバコを吸い始めたらしい。こりゃかなわん、とドムを飛び出した。

そう言えば、今日のお客の年齢層は低かった。タバコ吸いの若者とは絶対につきあわないぞ。

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Что творилось, что творится
http://ramesh-satori.livejournal.com/106028.html

Журнал «Театр Чудес»
http://www.puppet.ru/?pageId=10

Шум и Ярость
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/23/

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2010年06月23日

日米露トリオ

6月22日。腰痛で目が覚める。一昨晩のダーチャのベッドが原因だ。慣れない寝床で寝ると必ずこういうことになる。今日は大事な日なので、いろいろ姿勢を変えては身体を休ませようと努力するが、今度は暑くて眠れない。相当気温が上がっているらしい。仕方なく、起きて朝食を取り、荷物の整理を始める。

中央人形劇場でお芝居の度に買っていたプログラムがかなりの量になっていた。その他いろいろなパンフレットやチラシがたまっている。どれも大事な資料だ。明日あたり中央人形劇場でまた大量に資料をもらうはずなので、このあたりのものも片っ端から郵送することにした。そして本と合わせて大体5キロぐらいになったところで、いつも通り郵便局へ向かう。

いつもと同じ女性が窓口にいて、なんとなく顔を覚えられている気がする。今日もすんなりと手続きが終わり、とても気持ちいい。郵便局に来るまで重い荷物のせいで腰がずっと痛かったのだが、荷物がなくなった途端に楽になった。そこで、駅の近くの店を物色してCDケースを探した。CDショップを覗いたが見つからない。ひょっとしてと思い、携帯電話の店をいくつか探したら、1個だけ見つかった。チョンマゲをつけたドクロの絵で「加勒比海盗」と書いてある。どんな意味なの分からないが、とりあえずCDが24枚収納できるから、それでよしである。値段は約500円。日本の100円ショップの有り難みをこんなところで感じる。

再び家に戻り、一休みしてから楽器の準備をする。今日は初顔合わせのミュージシャンとの演奏なので、緊張する。アメリカの Ed Sarath である。エドはフリューゲルホーン奏者でミシガン大学教授。ジャズ・現代即興学科で教えている。そして、国際即興音楽協会の会長である。日本ではほとんど知られていないが、彼のWebサイトを見ると、なんだかすごい人だということが分かる。こんな人と一緒に演奏したら怒られるのではないかと心配するが、今回の企画はロマン・ストリャールなので、ちゃんと考えての上での組み合わせなのだろう。そう、もう一人の共演者はロマンなのだ。日本、ロシア、アメリカの3人での国際トリオという訳である。なんか、すごいなあ。

5時半に家を出て、クラブ・マスチェルスカーヤに行く。もう4回目なので、すっかり場所を覚えてしまった。店の奥でロマンが待っていた。いやあ、元気?とハグする。やっぱり巨体である。ロマンの隣に若い女性が座っていた。ノヴォシビリスクの音楽院時代のロマンの教え子で、今は卒業してモスクワで歌手として働いているそうだ。そうか、ロマンも先生だったのだ。ということは今日は日米露の先生トリオでもある。

オリガが来て、発音のいい英語でエドとおしゃべりを始める。途中フランス語で電話がかかってきたために、何語をしゃべっているのわからなくなって、混乱し始め、オリガはしきりに謝る。さて、開演という段階になって、ロマンが言う。「今日は完全即興で、お互い状況次第でソロ、デュオ、トリオと適宜演奏しよう。時間は1時間で。それじゃあやりましょう。」 はいはい、望むところだ。

最初はトリオで、ロマンがまずメロディーを弾き始め、それに合わせてエドが軽く音を出す。少し遅れて私も吹く。お互いの音をよく聴きながら、音を探り、どんな方向に向かうのか分からないまま、どんどん先に進んでいく。エドの演奏はとてもナイーブで決して大きい音を出して感情的にならない。パワープレイではないだけに、一音一音大切に吹かなきゃいけないなあ、と思いつつもやはり暴走しがちな私なので、とにかくよく聴くことに徹する。

トリオ2回、デュオ2回と短い曲が続き、ロマンのソロ、エドのソロと続く。エドのソロがしみじみとよかったので、次の私のソロでは、思い切り暗く吹いた。これが結構受けていた。そして、さらにトリオで2曲。ロマンが意識的に変なことをするので、その都度、曲の流れがどんどん変わって面白い。最後は陽気な曲できれいに終わった。お客さんが10名ちょっとだったので、アンコールはなかったが、みなさん帰り際に有り難うと言ってくれたので、きっといいパフォーマンスだったのだろう。ロマンもエドも私も演奏後にとても満足して、3人で記念写真を撮った。

エドは明日、国際会議があるので早めにホテルに帰って休みたいと言う。モスクワ滞在中にもう1回どこかで会おうということでお互いメールで連絡することを約束し、エドは先に帰った。ロマンと二人の若い女性、私の4人で演奏後の食事をする。さて、そろそろ帰ろうかというところにチェルカーシン夫妻がやってきた。開演時間を間違えたらしい。

ナターシャ&ヴァレーリイ・チェルカーシンに会うのは5年ぶりだろうか。頻繁に国外に出て作品制作や展覧会をしているので、なかなか会えなかったのだ。今回も27日からモスクワを留守にするというので、その前に彼らのアトリエに行くことにした。

今回のモスクワ滞在では、結局6回ライブをやったことになる。短期間にこんなに演奏させてもらえて、実に有難い。もう、こんなことはないのだろうなあ。

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Ed Srath
http://www.edsarath.com/

Roman Stolyar
http://rstmusic.narod.ru/
http://rstolyar.kroogi.com/

Ed Sarath – Masami Suzuki – Roman Stolyar: клуб "Мастерская", 22 июня
http://community.livejournal.com/jazz_ru_afisha/263220.html
http://www.lookatme.ru/cities/moscow/events/116387
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2010年06月22日

ダーチャでバーニャ

6月21日。モスクワから約200キロ。カルーガ州のチェーホフ市から車で20分ほどのところに到着。ヴァジムのダーチャ(別荘)である。深夜なので、周囲の様子は分からない。とにかく、全員(おじさんが4名)で夜食である。黒パン、ソーセージ、チーズ、トマトを食べ、ビールを飲む。ヴァジムの父上が最近亡くなったということで、故人を偲んでスピーチがあり、強いお酒を飲み干す。おお、きつい。昨日の昼から何も食べていなかったのひどく空腹で、どんどん食べて、どんどん飲んでしまう。

全員できあがったところで、就寝である。ヴァジムのダーチャには4つの建物がある。その中でもいちばん小さい建物に連れて行かれる。六畳一間ぐらいのスペースに二段ベッドが置いてある。レートフが上、私が下に寝ることに。枕がおもちゃみたいに小さくて、これじゃあ絶対熟睡できないと確信するが、とにかく疲れていて眠いので、下着だけになって寝た。

おお、やはり首も肩も腰も痛い。何度も目が覚めては寝返りを打ちながらまた寝るが、尿意に耐えられず、起きる。午前11時である。レートフはまだ寝ている。

鳥の声、虫の羽音、風の音、風にそよぐ草の音しか聞こえない。なんという静けさ。気持ちいい。もう一人のセルゲイはすでに起きていた。おはよう。顔を洗いたいのだけれど、どうすればいいのでしょう。ヴァジムも起きてきて、井戸へ連れて行ってくれる。ロープのついたバケツを井戸に放り込み、水をくむ。冷たくて気持ちいい。

レートフも起きてきて、朝食である。パンとチーズとお茶。驚くほど簡単で少ないが、私にとってはちょうどいい朝食が終わると、二人のセルゲイと近所に散歩に出た。森を抜け、川沿いをのんびり歩き、どこまでも続く麦畑を眺める。昔ここは独ソ戦の戦場だった。10万人の兵士が戦い、死んでいった、という話をレートフが聞かせてくれる。血にまみれたその土地が今では別荘地ですか。すると今朝の井戸の水にもその残滓があるかも、などと思って背筋が寒くなる。

デコボコ道の向こうから自転車に乗った親子がやってくる。別荘建設用の資材を載せたトラックとも2台すれ違った。気温はますます上がり、レートフはシャツを脱ぎ、上半身裸になる。二人のセルゲイの肌はみるまに赤くなっていく。

1時間半以上歩いただろうか。別荘地帯の森をぐるりと半周して反対側の入り口にたどりついた。ダーチャに着くと、ヴァジムは草刈りをしていた。ヴァジムは働いて稼いだお金を全部ダーチャ建設にそそいている。彼の土地には父上が建てたソ連時代の典型的な掘っ立て小屋のダーチャ。次にヴァジムが自分で初めて建てた来客用の小さなダーチャ。つまり私が寝た建物。次に建てたのが、2階建てで、バーニャもある本格的な建物である。4つ目はいま建設中で、3つ目よりもさらに大きい。

ヴァジムがバーニャの用意を始める。建築現場から集めてきたらしい廃材が燃料である。バーニャ(ロシア式の蒸し風呂)は本格的なつくりで、窓と温度計も付いている。中で使う水を井戸でくむ。最初はうまくいかなかったのだけれど、やり方のコツが分かって、なんとかバケツ6つが水で一杯になり、これをバーニャの中に運んだ。ヴァジムは屋根裏から白樺の枝の束を持ってきた。

おじさん4人は素っ裸になる。例によって風呂用の帽子をかぶり、4人で蒸し風呂の中へ。中は木のベンチが2段になっていて、全員上の段へ陣取る。4人でいっぱいのスペースである。熱せられた石に白樺の束につけた水をかけると一挙に暑くなる。これまでの経験では、こんなとき必ず男同士のいかがわしい話になるのだけれど、今日はみんなまじめに静かに風呂を満喫している。

十分汗をかいたところで、外に出て水を浴び、一休み。そしてクワス。レートフは暖かい紅茶。さらに2回目の風呂。またしばらく汗を流し、再び一休み。そしてクワス。この繰り返しが好きだ。そして3回目。ヴァジムが白樺の枝の束にお湯を浸し、その束で寝そべった私の背中や脚をマッサージするように優しく叩いてくれる。すごく気持ちいい。そして、また水を浴びて一休み。

私はいつも3回と決めているので、ここで最終段階だが、他の3名はさらに2回入っていた。みんなバーニャが大好きなのだ。誰も見ていないから構わないけれど、スッポンポンのおじさん4名がだらだらと蒸し風呂に入っている姿はなにやら滑稽でさえある。いや、平和である。私も頭が完全に馬鹿になってしまったので、レートフのヌード写真まで撮ってしまった。

しばらく、だらだらと休み、服を着たところで、次はバーベキューだ。ヴァジムが火をおこし、二人のセルゲイがせっせとシャシリクの用意をする。こういう時おじさんはなぜか一生懸命になってしまう。私はお客さんなので、面倒くさいからただ見る側なのだけれど、せっせと肉を串に刺しているレートフの姿はやはりおかしい。

午後7時、豚肉と鳥肉のシャシリク(串焼き)は無事に出来上がり、ビールで乾杯である。久しぶりの肉らしい肉。久しぶりの動物性タンパク質はやはりとても美味しい。しかし、すぐにお腹が一杯になってしまう。なんでだろう。目は食べたがっているのだけれど。

ロシア人3名の食べっぷりがすごい。ディルやタラゴンなどの香草と一緒に肉をガシガシ食べる。キュウリとトマトもワシワシ食べる。よく見ると、3名ともウエスト100センチは越えている。メタボもいいところで、いや、この言葉もロシアには存在しないのだろう。これぐらい脂肪をつけないと寒い冬を乗り越えられないのはよく分かるけど、そうしてコーリャもヴァロージャもみんな早死にしたんじゃないか。なんて話をしても興ざめなので、私も食べ過ぎを承知でさらに肉を食べる。

結局3キロ以上の肉は4名では食べきれず、残りは生ゴミとなるのだが、とにかくよく食べた。食後は全員ゆったりと過ごし、ダーチャを後にした。高速道路をとばして、モスクワに着いたのは午後11時。クラスノグヴァルジェイスカヤ駅から地下鉄に乗り、帰宅したときには0時になっていた。

バーニャ体験は4度目だが、はじめてロシアのダーチャを満喫した一日であった。
posted by masa at 07:50| Comment(0) | モスクワ日記2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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