2013年03月05日

2012年をふりかえって

お久しぶりです。「忙しい」という言い訳はしないようにしているのですが、本当に忙しくて、ブログどころではなったのです。やっぱり言い訳です。

それでは、どう忙しかったのかというと、やはり水と土の芸術祭でした。市民プロジェクトとして「うちのdeチンドン」で参加していました。芸術祭期間中、11回チンドンをやりました。いやあ、どこでもたくさんの方々に喜んで頂いて、本当にやって良かったです。

チンドン以外にもあちこちで演奏しました、

6月13日には砂丘館で「鳴神月の青嵐」というコンサートをしました。
http://www.youtube.com/watch?v=C_9EzCHTmEM

7月21日には沼垂ラジオでのライブセッション
http://www.youtube.com/watch?v=GslvowKAJYE

10月20日、21日には「ジョン・シルバー」に出演
http://www.mizu-tsuchi.jp/news/【10月20日土・21日日】「ジョン・シルバー」上演/

11月10日にはイリーナ・ザトゥロフスカヤと堀川久子のパフォーマンスに参加
http://www.mizu-tsuchi.jp/news/イリーナさんドローイングパフォーマンス/

12月13日と23日には坂巻正美作品の中での「シシとの対話」
http://www.mizu-tsuchi.jp/news/12月のパフォーマンス/

この他にもいろいろやりましたが、やりすぎて詳細が思い出せません。あ、大友良英のオーケストラNIIGATA(12月24日)にも参加しました。しかしまあ、人前でこんなにたくさん演奏したのは、生まれて初めてです。

自分が参加したライブ以外にも3つのイベントを企画し、実現しました。
まず、ミッシェル・ナガイの作品の公演。7月15日佐藤家での「福井の音風景」と7月16日砂丘館での「知ることの歌」
11月19日、多和田葉子&高瀬アキ公演「変身」
12月21日、「詩人・三角みづ紀氏講演会 朗読と映画上映」

さらに、科学研究費による研究プロジェクト「ソ連邦崩壊前後のアンダーグラウンド芸術の変容に関する研究」による研究会やイベントを5回開催しました。我ながら頑張りましたよ。

早稲田大学での講演会(6月13日「ロシア・中東欧ジャズの魅力を語る――フォークロアから現代音楽まで」と新潟市美術館でのシンポジウム(11月25日「みつけた、ローカル・アヴァンギャルド!!」)でもしっかりお話を致しました。

1990年ぐらいからやけくそのように原稿を書いています。1年間にだいたい原稿用紙200枚は書いてきました。ところが、昨年1年間で書いた原稿はグロスマン『人生と運命』の書評なんと2枚! 自分でも生産的な人間だと思っているのですが、昨年は原稿を書く時間とエネルギーを全部他のことに使っていたことが今さらながらよく分かります。

芸術祭も終わり、一息つきました。先日久しぶりに出来の悪い論文のようなものを40枚書きました。3月下旬にはモスクワに行きますが、国際学会で報告もします。今その準備に追われています。そして、もう1本の論文も構想しています。ずっと翻訳作業をしている本も今年中に出版します。これはもう絶対にやるのです!

4月になったらまたチンドンも再開します。ライブもやります。CDもつくります。体力勝負です。

私はちゃんと働いています。私はまだ生きています。
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2008年02月20日

日常への復帰

いつだって「こんなことをしている場合ではない」状態。倒れる暇はない。書かなければ。

昨日、リトアニアからの客人が無事帰国しても、思考はそのままリトアニアだ。ヴィリニュスにできたヨーナス・ミャーキャス(ジョナス・メカス)・ヴィジュアル・アート・センターの資料と同センターからリリースされた"Zefiro Torna; Scenas From The Life Of George Marcius"(1952-1978)を見たら、 まさしくこの状態。

リトアニアといったらレヴィナスだろう。全体性と無限から「われわれ」を再検証するために、複数にして単数の存在へと一気に思考をとばさなければ。吉増剛造の映像作品を見て以来、ジャン=リュック・ナンシーが常に机上にある。そこから発せられる光に目を細めながら…。しかし、言葉はロシアの「こころ」を探るという課題が与えられている。ここ1週間はこれで手一杯。

まだ体熱を下げてくれない風邪と格闘しつつ…、だが意識はますますはっきりと「どこにもないどこかからの手紙」を手探りで読もうとしている。
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2007年12月04日

ヤン・パトチカ

岩波の「思想」は毎月なんとなく手に取り、パラパラとめくって大体の傾向と内容を確認している。これはと思う論考に出くわしたときは、図書館に行き、必要箇所をコピーし、精読する。「思想」をまるごと書くのはせいぜい2年に1度くらいだろうか。先月のソシュール特集でさえ買わなかった。

ところが、今月の「思想」は一目見るなり、即「買い」だった。なにしろヤン・パトチカ特集だ。この機を逃すと一生読めないかもしれない。とりわけポール・リクールのパトチカ論と赤塚若樹の「20世紀チェコのアート・シーンーーヤン・パトチカを出発点として」が収録されているのだから、定価1800円も惜しくない。お買い得だ。

その他、年末で手元不如意なのに、また何冊も本を買ってしまい、財布はすっからかん。
『イリヤ・カバコフ自伝』みすず書房
坪井秀人『感覚の近代ーー声・身体・表象』名古屋大学出版会
宮本健次『図説 日本庭園のみかた』学芸出版社
田中貴子『検定絶対不合格 教科書古文』朝日出版社

最後の田中貴子の本は楽しくあっという間に読んでしまった。文部科学省のせいで教育の現場にいろいろな歪みが生じていることは、この本を読んでも明らかだ。先日、水月昭道『高学歴ワーキングプア』を読んだばかりなので、益々なやましくなってしまった。

『イリヤ・カバコフ自伝』は出版社がよく出したものだと感心した。訳者が鴻英良というのもうなづける。しかし、裏表紙にある言葉には眉をひそめてしまった。「本書は、これまでまったく知られることのなかったソ連邦時代の地下芸術家たちの実態を、みずからの心情とともに共感をもって謳いあげている」。いや、まあ、そうかもしれないけれど、少なくとも「芸術新潮」誌(1979年11月号)で「ソヴィエト反体制の画家」特集が組まれてから、ソ連邦時代の地下芸術家たちのことをある程度知っている日本人は何人かいたはずだ。それに、私の仕事なんてまったく無視ですか! と言いたい。

愚痴を言ってもしょうがない。もう少し生産的なことを考えることにしよう。
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2007年11月27日

まぬけな私

学生には普段から「図書館をもっと利用しなさい」と言っておきながら、自分はなかなか図書館を利用する暇がない。原稿を書くときに必要な本をまとめて借り出すことが一ヶ月に一度くらいだろうか。

ここの図書館にはロシア関係の学術誌がろくにない、とこの3年間嘆いていた。実際にロシア語の雑誌は「アガニョ−ク」と考古学関係の3タイトルのみで、文学雑誌などまったくない。「新文学評論」「アリオン」「芸術雑誌」の3誌は個人的に購入している。東京のどこかの大学でロシア文学研究をするのならいざ知らず、このような状況では基本的な情報収集さえおぼつかない。インターネットがあるじゃないかと言う人もいるだろうが、私は基本的に紙媒体しか信用しないので、インターネットはあくまでも情報検索のツールでしかない。

今日、なんとなく図書館のホームページから「電子ジャーナル」にアクセスした。おお、あるじゃん!
Russian Review
Slavic Review
The Slavonic and East European Journal
の3タイトルのバックナンバー。Russian Literature がないのは仕方がないとして、この3タイトルだけでもあるだけ有り難い。紙媒体ではないが、出所ははっきりしているし、PDFからプリントすればいいのだから、何も問題はない。

しかし、この電子ジャーナルの存在を無視して、3年間も中身を見ようとしなかったのだから、私はつくづくまぬけである。デジタル嫌いをあらためなくては。

Russian Review. January 2007 - Vol. 66 からさっそくアレクサンドロフ監督作品「サーカス」に関する論考3本をゲット。どれも面白そうだ。かつて一橋、早稲田、筑波の大学図書館でいくつもの新聞、雑誌、学術誌を毎週チェックしては、せっせとコピーしていた時の感覚がよみがえる。そして読むのだ。ひたすら。これはこれで至福の時。

楽しいなぁ。
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2007年11月01日

早くも逃避

雑務に追われて原稿がまったく書けない。新聞その他への雑文は書けるのだが、論文を書く精神状態になれない。別にこんなことはいつものことなのだが、この状態がもうあまりにも長く続いている。

報告時点での長いレジュメはあるので、いくつかの資料を補足してこれに手を加えればいいだけなのだが、それができない。なぜなのかと言えば、やはり「その気」にならない、としか言いようがない。あちら側へ行けないのだ。鬱々、悶々と時間だけが過ぎていく。

注文していた本が届いていた。"Yoko Tawada; Voices from Everywhere" Edited by Doug Slaymaker. 出版されたばかりの本だ。ケンタッキー大学で2004年に開催されたYoko Tawadaをめぐるコンフェレンスの報告をもとにした論文集である。すごいなあ。おお、面白そうだ。と嘆息しているうちにあっという間に1時間が経つ。

いかん、こんなことをしている場合ではない。原稿が…。ふと横を見ると、松田道雄著『駄菓子屋楽校』が目に入る。ふらふらと手を出す。面白いなあ。これって風のがっこう稚内にも参考になるなあ。おお、こんなやり方もあったか。と喜んでいるうちにまたあっという間に1時間が経つ。

あきらかに逃避している。これではいけない。こちらの世界にばかりいてはいけない。来週の授業の準備をフル回転で夕刻までに終わらせ、帰宅することにした。

今夜は徹夜だ。今度こそ、あちら側へ行くぞ。
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2007年09月21日

東京もいいけれど。

9月15日の「大杉栄メモリアル2007」には70名以上の方が参加したらしい。「らしい」と言うのも、残念ながら私は小林多喜二の映画も見なかったし、秋山祐徳太子の講演も聞くことが出来なかったからだ。会場の盛況ぶりは、参加した方から聞いたのだ。では、なぜ私は会に参加出来なかったのか? 家族と普通に食事をし、のんびり過ごしていたからだ。

子どものいる家庭にとって土曜日・日曜日は貴重な休日だ。まだ子どもが遊んでくれるうちは出来るだけ子どもと一緒に過ごしたい。利害の絡む大人とはあまりおつきあいしたくない。

同じ日に神奈川県立近代美術館でグロイスとカバコフの対談、翌日には東京大学でグロイスの講演会があったが、当然私は出席していない。この催しの情報が届いたのが遅すぎたことと、15日の大杉栄のイベントの方が先約だったからだ。

東京で開催される研究会や講演会の類のお知らせはいつも開催間際になってからのことが多く、毎回行くことが出来ないでいる。なぜ、もっと早く知らせてくれないのだろう。こちらはだいたい2ヶ月先までのスケジュールが常に埋まっているのだ。平日はほとんど仕事なので、そう簡単に上京はできない。空いているのは土・日曜だけである。その土・日曜も家族との約束が最優先だ。いくつかのイベントのため、すでに来年のスケジュールも埋まり始めている。休日を確保するのは結構たいへんなのだ。

東京近郊に住んでいれば、なんとか時間の都合もつけられるだろう。どうしても行かなければならない催しなら、夜行バスでの往復も辞さない。しかし、催しの度に新潟から往復するのは結構つらいのだ。世の中はすべからく東京が中心に動いているのは分かるが、東京の人間が東京中心にしかものごとを思考できないのは、いかがなものかと思うのだ。

柏崎の原発で発電したエネルギーのほとんどは東京で消費されている。地方の住民が危険にさらされていようと東京が安定したエネルギーを得られればそれでいいのだ、ということだろうか。新潟の食糧自給率は90パーゼント、一方日本全体の自給率は40パーセントを下回った。新潟や地方の農産物は東京で大量に消費され、大量にゴミとなる。東京の文化的生活を支えるために地方の生産者は低収入で休日も働かなければいけない、ということだろうか。

15日はお昼まで家族とゆっくり過ごした後、白新線に乗ってのんびりと新発田に向かった。眼前に広がる黄金色の稲穂を眺めながらの鉄道小旅行は素敵だった。こんな風景を眺めていられるだけでも地方に住む喜びは格別だ。新発田駅から徒歩で25分、はじめて新発田城を見た。日本の名城100選にも選ばれているだけあって美しいたたずまい。観光客もあまりなく、静かな城内を一瞥した後、堀部安兵衛の像の近くにある安兵衛茶屋で山菜そばを食した。

城址公園の中央に「大杉栄のイチョウの木」はある。美しい反面、角度によっては猛々しい表情もみせる。しかし、なんて優しく人を包み込むような大木だろう。イチョウの周囲を何度も歩き、木の肌に触れ、一緒に呼吸する。だんだん木の息が聞こえてくる。鳥の声や虫の羽音、風のそよぎや雲の流れ、自衛隊の駐屯地から聞こえてくるラッパの音、かすかな町のざわめき、そんなたくさんの音や空気に身を任せて時間を過ごす。これがリハーサル。

夕暮れが始まる時間にあわせて堀川さんの舞踏が始まった。少しずつ暗くなっていく風景の中で、イチョウの木から現れ出た精霊のように堀川さんは踊る。私は風景そのものになるように風景とともに音を出そうと努める。観客の体温も感じる。たくさんの音と光が空気中にあふれている。自分の出す音と周囲の音との区別がつかなくなっていく。舞踏の終盤、堀川さんは観客と一緒に座り、一緒にイチョウの木と残照を眺める。それからイチョウの木の中に戻っていくように、ゆっくりと木の下にうずくまるのだった。

とてもいい場所で演奏できて、とても幸福だった。新発田にはまたきっと行くことになるだろう。そしてまたイチョウの木と演奏したい。東京での文化的催しとは関係ないところで、こんなことをしているバカな人間がいてもいいだろう、と今はひらきなおることにしておこう。

私は子どものころから肌が弱く、夏場はアセモと湿疹だらけになったものだ。特に臀部の湿疹がひどく「タコのすいだし」にはずいぶん世話になった。2000年からW市に住むようになってからは、この症状がかなり改善された。冷涼な気候のせいである。2004年からはここ新潟に住んでいるが、それほど肌に悪い影響は出ていない。湿度は高いが、東京に比べて空気ははるかに爽快だ。この気候が自分の体に合っているのだろう。亜熱帯の東京に住んでいたら、肌の弱い私はアセモだらけになり、湿疹が悪化し、またステロイドに依存することになってしまう。こうした気候の違いが、私が好んで地方に住む大きな理由のひとつでもある。しかし、このまま地球温暖化が進んだら…。
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2007年08月29日

続く訃報

ようやく一息、さあ落ち着いて自分本来の仕事だ、と思っていたら、また雑務の山が待っていた。毎度の事だ。そしてたくさんの訃報…。

アート・ディヴィス
ポール・ラザフォード
マックス・ローチ
富樫雅彦

信じられない。たくさんの「音」と生きる喜びを与えてくれた人々が次々と鬼籍に入っていく。特に富樫雅彦は引退後の展開を楽しみにしていただけに、何というか…、辛い。

今度は誰の番だろう。俺かな。あはははは。と友人同士で話したりするようになった。

それがいつでもいいように、準備だけはしておきたいとあらためて思う。
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2007年08月18日

生きのびて

「生きのびるためのアート」というタイトルのチラシとポスターを作っていた。本務とは別の、まったくのボランティアである。これらは9月に都内各所で出回るだろう。

公共の利益のためならボランティアは当然と思っている人が多すぎる。こちらは命を削って仕事をしているのだ。お金にならない仕事は基本的にしないことにしている。もちろん、お金にならなくても、自分にとって有益と思う仕事は喜んでやる。しかし、今回は義理がらみである。親切心である。出来ればやりたくない仕事だ。適当にやろうと思いながら、クソ忙しい合間に睡眠時間を削って、なんとか仕上げた。それでも、結構いい出来だと自画自賛だけはしておくことにする。

しかし、なぜ「生きのびる」必要があるのだろう。私はアートや文学を殺し、滅ぼすために仕事をしてきたのではなかったか。とうに死んでいるはずのこやつらの息の根を止めるために、格闘してきたはずだ。そして、何度殺しても、それでも蘇生したり、新たに生まれてくるのがアートや文学ではなかったか。

東京都庭園美術館で「舞台芸術の世界」展を見た。死物の山である。それでも歓喜して見ている私はやはり馬鹿である。私は屍体を愛しているのだ、とあらためて思う。のうのうと生きている人間は悪事ばかりはたらくが、死者や屍体は何も悪いことをしない。

生者たちの悪事を討ち潰そうとしている北国の友人たちが、今、格闘中である。何百キロと離れたこの地で私はエールだけを送っている。

理想を信じて働き続け、多くの人々に喜びをわかちながら死んでいった友人たちのことを考え続けている。この15年間の私の仕事のほとんどは追悼と述懐でしかなかったのかもしれない。

そうした中でも、まだやっていない、いくつもの翻訳、映像、音楽、文章の課題が山積みだ。とりあえず今はクリョーヒンの遺稿、タラーソフの回想、クリークの対話、ルイクリンの評論、そしていくつもの詩的言語との真剣な戯れが目の前にある。

ストラヴィンスキイの22枚CDボックスが当面これらの戯れのBGMとなるだろう。
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2007年06月19日

草との日々に考え始めたこと

なにやら妙に涼しいと思っていたら、6月になって一気に気温が上昇し、もはや夏。身体が気温の変化についていけず、鬱々と毎日を過ごしていたが、なんとか気分は夏モードに慣れてきたようだ。でも、相変わらずだるくて、すぐに眠くなる。

鬱々として土の中にいた種たちも発芽をはじめ、すくすく育ち、我が家の庭は草だらけである。パセリ、セージ、ローズマリー、タイム(誰かの歌みたいでしょ)、ラベンダー、レモンバーム、ミント、イタリンアン・パセリ、バジル、ディル、青シソ、ミニトマト、枝豆、ビーツ、サニーレタス、イチゴ、ブルーベリー。これが現在、猫の額ほどの小さな庭とプランターで生きている植物たちである。この他に低い樹木も3本、まだ30センチほどのヒイラギもいる。建物の周囲のごく狭いスペースにこれだけあるので、電気メーターをチェックに来る係員などは、足の踏み場に困っているだろう。

週末はせっせと雑草を摘み、シソやバジルの間引きをする。この二つは夏場を乗り切るための大事な薬味だ。積みたての枝豆も夏のビールには有難い。たったひとつしかないサニーレタスだが、朝のサンドイッチには重宝している。ディルが大きくなれば、ザウアークラウトやスープが一段と美味しくなる。まだ10粒程しか実をつけてくれないブルーべりーもなかなか可愛い。ビーツも半分ほどはしなびてしまったが、まだ5株ほど育っている。うまくいけば7月末にはボルシチが食べられるだろう。

職場の建物の周囲に結構な広さの花壇があるのだが、ここにビーツを植えてもいいかと事務方に相談したら、だめだと言う。それなら花の咲く植物ならいいのかと訊ねたら、それはいいとのこと。そこで今、この花壇でウクロープ(ディル)を、農学部の畑でビーツを育てようと企んでいる。今年試してみてうまくいったら、来年のロシア語の授業で計画的にやるのだ。

畑作りからはじめ、種をまく。もちろんロシア語で説明書きを読む。その植物についての文献をテキストに読む。授業の合間に雑草取りや水まきなど側物の世話をする。その植物を使った料理書(ロシア語)をテキストとして読む。そのほか、ロシアの食文化関係のテキストも読む。植物を収穫したら、読んだテキストをもとにみんなで料理をつくる。もちろんボルシチとブリヌイ。そして宴会。おいしくできたら、全員めでたく単位がもらえるという授業だ。

料理だけして食文化を語っていると、農産物の輸出入がもたらす弊害についてまで気が回らない。自分が食べるものは自分が作るが基本にならないと、ただのグルメ馬鹿になる。現在の日本の食糧自給率の低さは恐ろしい。日本人はロシアのダーチャ文化を見習うべきだと思う。地産地消もままならずに、中国野菜を流通させ続けているのはどう考えてもおかしい。地球温暖化対策がどうこうと言うのなら、大豆を輸入するのは今すぐやめて、国内生産ですべてまかなえるようにしないとまずいはずだ。

世界が日本を支配するのは実に簡単だ。農産物と石油の輸出をストップするだけでいいのだから。

そんな内容のロシア語の授業を来年やろうと思っています。
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2007年05月11日

授業ノートから

おう腹がへったから引き出しをくわせろと水道管がざわめくと、いいえ、そんな帳尻あわせのドラム缶などありません、かかとに穴をあけて腹のタシにでもしたらいいでしょう、それでも私はマイクではありませんと答えたがる寒天たち。インクビンが足りないのだ。逆立ちしてまでクレツマーしろというのなら、浪にそよぐエナメルになるしかあるまい。ギラギラと肌を歩いていく接頭辞たちが葉脈をふるわせながらソバをすするので、隣の娘たちもレコードをほおばりながら白いステップで壁を灰昇っていくしかしかない。蟻の銅に燃え立つ笛。義眼の腸が祈りを捧げるその人はエレディアではなく、測道の飾りにも似たいるみねえしょん。おお、そうとも、数限りない病の汁でおまえの想念を洗うがいい。猫の肉球ほどの地球でボウフラ遊びをしている無縁仏も明日にはスピーカーの中でまどろむだろうから、せめて1時間ぐらいはトマトのままでいいだろうと胃をくくったサラリーマンのように、馬の横髪目がけて死体をつなげるしかあるまい。だから階段の八分音符は赤く臭うのだ。麝香のような目薬のようにラビたちの競演が石仏たちの自尊心をくすぐり、五十肩を笑わせる。ハバロフスクから来たロボットだってさ、あの本の中の物語の中の三人称は。だって君は1.5人称で語りたかったって言っただろ? そうさ、0.5人称だって構わないけどね。だからこうして頭の中のバラバラ死体をマウスでカットして、したくてしたくてカッとしたコンピュータにカッ、カッ、カッ、とカキコんだんだ。
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2007年05月01日

どっさり

 ロシアに注文していた本がどっさりと届いた。ペッペルシュテインの短編集と『鍵十字とペンタゴン』、レオニード・アロンゾンの2巻作品集、ニコライ・グミリョーフの伝記本2冊、フレイシュマンの『プーシキンからパステルナークへ』、論文集『境界なきエロティズム』『歴史と語り』、マジンとペッペルシュテインの『夢判断』、ミロン・ペトロフスキイ『私たちの子ども時代の本』(1986年出版の名著のイワン・リンバフ社による再版)、その他10冊ほど。目次をざっと見ただけだが、どれも面白そうだ。今回もどうやら全部アタリだ
 
 これ全部読み切れるかなあ、と思いながらいつも見境なく注文してしまう。ここ数年はハズレがない。何を読んでも面白い。そしてよく理解できる。ところが読むスピードがひどく遅くなった。新書の類は速読もできるが、論文集の類はそうはいかない。残りの人生であとどれぐらいの本が読めるのだろう。山口昌男みたいに蔵書6万冊なんてないけど、その半分ぐらいはきっと読めるだろう。そういえば、山口昌男文庫はいまどうなっているのだろう。また見に行きたいものだ。

 いま読んでいるのがウラジスラフ・クラコーフの『ポストファクトゥム』。例の『事実として文学』の著者による2冊目の本。すばらしい本だ。クラコーフに一度会ったことがあるが、実に聡明な人物だった。ふだんは商業誌の編集長だが、余暇にはお金にならない論文をせっせと書いて発表している。社会人として活躍する一方で、学者としての仕事もするバランスのとれたナイスガイだ。あまり大学向きではないのだろうな。私の好きなタイプだ。彼となら共同研究者として一緒に仕事ができると思い、某プロジェクトへの参加をお願いしている。

 さて、次は何を読もうかな…。いけない。そんな余裕などなかった。連休中に原稿を2本書かねばならないことをすっかり忘れていた。カレンダーをめくって気がついた。このところ原稿を書くためにだけ本を読んでいる気がする。読んだ本が面白い時はいいのだが、時々むなしくなる。仕事とは関係なく、純粋に楽しむだけの読書がしたいなあ。 
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2007年04月26日

音と場所性

「ロシア・ジャズ再考」に来られたお客さんの中には、「ロシアだけを称揚して、日本のことを忘れているのか、ばかもん!」とお怒りの方もあったようだ。私にはそんな気は毛頭もない。

 渋さ知らズ、黒田京子トリオ、齋藤徹、アルタード・ステイツ、その他大勢の日本のミュージシャンのことを知っているし、日本以外の様々な音楽もそれなりに、そして私なりに知っているつもりだ。では、我々日本人がどれぐらいロシアのジャズを知っているかというと…。お寒い限りである。

 要するに日本やその他のジャズも面白いけれど、ロシア・ジャズも面白いんだぞ、というだけのイベントである。じゃあ、ロシア・ジャズの独自性は?と問われてもうまく答えられない。日本ジャズの独自性について一言ではうまく語れないのと同じことである。

 世界中にある様々な音楽をたくさん聞く機会が増えればいい。狭い音楽観をどんどん相対化していくこと、新しいヒントを見つけるきっかけをつくること、その程度の役割が担えればいいなと思って始めたイベントだ。もちろんロシアは大好きだけれど。しかし、ナショナリズムなんてくそくらえと思うときもあるし、逆に時にはひどいパトリオットになってしまうこともある。自分自身を相対化していけば、そんなこともどうでもよくなる。

 地域性という言い方に問題があるのなら、場所性と言ってもいい。国や地域に縛られたくないのなら、その時のその場所について考えればいいのだろう。場がなければ運動は生じない。運動がなければ場は生じない。それがたまたまロシアのどこかだった。そのどこかの時間と場所について考えなければならない。音(テクスト)が音(テクスト)そのものとして自立しているのであれば、構造的な分析も可能だが、あいにく音(テクスト)は空間を流通するものなのだ。発生から流通までのプロセスや運動の軌跡を追うことも必要だろう。

 いい音楽さえやってればいいのだ、だから自分は正しいのだ、と言うのなら、どうぞ御勝手にと答えるだけのことである。正しい音楽なんてどこにもないし、どこにもある。何がいい音楽かも相対的なものでしかない。

 音楽の好みや価値観は千差万別なので、どんな内容でイベントをやっても必ず文句を言う人がいることは仕方がない。いちいち対応はしないが、でも非難されると疲れる。もう考えるのはよそう。

*********************************

 どんどんたまっていく仕事をひとつずつ片づけて、今日もやっと一息。疲労で頭がボンヤリ。CDをかける。仕事中はまったく音楽を聞かない。かえってうるさい、じゃまくさい。BGMは仕事の内容と密接に関係しているようで、あっていい時といやな時がはっきりと別れる。BGMを流しながらの作業は意外に少ない。音楽を聴くのはもっぱら、なんでもない、どうでもいい、ほんの数時間。集中的に音楽を反芻するのは歩いている時。もちろん頭の中だけのこと。記憶している音をひたすら自分の身体内で聴いている。

 イヤホンやヘッドホンを耳に付けて、音楽を聞きながら歩いている人がたくさんいるけれど、私にはあれができない。恐いからだ。外の音が聞こえないと危険だ。事故にあっても責任は問えないはずだ。どうしてそんなに自分だけが大事なのだろう。

 外部、周囲の音を聞きながら、自分の内部の音を聴くから快適に歩ける。歩くことは思索につながる。音はいつだって、どこにだってある。

 仕事が終わって、今日は「ザ・ピーナッツ全曲集」。たまりません。「ふりむかないで」を聴いていて、ドキドキしてしまった。「♪ふりむかないで〜。お願いだから〜。今ネ、靴下なおしているのよ。あなたの好きな黒い靴下〜」。70年代のソ連でエディッタ・ピエハ(エディット・ピアフではない)が同じような曲をたくさん歌っていて、日本とロシアがシンクロする。

「♪これから仲良くデートなの。二人で語るの、ロマンスを〜」。はっはっは。おバカは基本だ。3月にモスクワの国立歴史博物館で見た新しい展示が思い出される。30-50年代のソ連の一般市民の部屋の様子を再現していたのだ。しかし、これらの部屋でレコード・プレーヤーやラジオから流れていた音楽まではあまりうまく再現されていなかった。私にとってそれは最大の関心事。なんでもない、どうでもいい、そういった些末なことにこだわり続けよう。 
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2007年03月20日

ハッスルパンチ

 幼い頃の記憶をたどると、いつもいくつものアニメが目の前によみがえる。

 小さな自分が腹巻きをしている。その腹巻きは青い生地でできている。腹巻きの正面にプリントされているのは、確かにクマのパンチ、ネズミのタッチ、イタチのブンの3人の子供の絵だ。このキャラクターが大好きで、いつもその腹巻きを着けて父親と同じ布団で寝ていた。

「屋根もないけど、宿題もないよ」という「ハッスルパンチの歌」を一体何度歌ったことだろう。作詞・作曲は小林亜星。「魔法使いサリー」も「ひみつのアッコちゃん」も、そのほか子どもの時にお世話になったアニメソングのほとんどが小林亜星によるものだった。
http://www.tsutaya.co.jp/item/music/view_m.zhtml?pdid=20154529

http://www2u.biglobe.ne.jp/~heboi/html/141hasru.htm
 
 1965年から66年にかけて放映されていた「ハッスルパンチ」をもう一度見たい、見たいと思っていたのだけれど、おお、DVDが出ていたのね。「東映アニメモノクロ傑作選」ですと。
http://club.buenavista.jp/ghibli/product/index.jsp?cid=567

 東映以外にも、海外アニメ傑作選もないのだろうか。スーパースリーとか大魔王シャザーンとかキングコングとか、60年代にテレビで放映されていたアニメ。

  ラリホー、ラリホー、ラリルレロ

  ウッホー、ウホウホ、ウッホッホー

  パンチ、タッチ、ブン。パンチ、タッチ、ブン。

 響きのいい歌詞だとアニメもよく覚えているらしい。詩はやはり大事なのだな、と今さらながら思う次第。

 同じように、ロシアの子どもたちが60-80年代にどのようなアニメをテレビで見ていたのかが気になり、ここ数年ずっと調べている。もちろん絵本と人形劇関係の資料収集も20年ほど続いている。そろそろまとまりをつけなければと思い、一昨年少し報告などもしたのだが、なかなかうまく文章化できないで困っている。文章化はここ2ヶ月の課題である。

 日常の中にいつでもある幻想のようなもの、私たちの中にある別世界のようなもの、あるいは日常そのものが別世界であるというようなことを言いたいのだけれど。
2x=y(TV+anime) は難問だ。
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2007年03月14日

ああ、狸御殿

 締め切り間際の仕事がどうにもこうにも終わらず、先は見えているのに、もはや逃避しはじめ、深夜3時。もうどーでもいいもんね、寝るんだもんね、と、なんとなく「時代劇チャンネル」を見たら、映画「大当たり狸御殿」が始まった。もう、いけない。すぐにはまってしまった。

 1958年、東宝映画。監督、佐伯幸三。原作:木村恵吾。脚本、中田竜雄。撮影、岡崎宏三。音楽、松井八郎。美術、小川一夫。出演者が超豪華。美空ひばりが若殿、雪村いづみがお姫様。山田真ニ、白川由美、淡路恵子、有島一郎‥。当時のお笑いスターも随所に登場。トニー・谷が司会で出てきて、浜村美智子が「バナナボート」を歌いだすのだから、たまりません。ぶっとびましたね。テレビの画面の前50センチまで顔を近づけて、最後まで見入ってしまった。

 高校生のころ、テレビでたまたま「初春狸御殿」を見たときは、ものすごく感動した。1959年の大映映画。私が生まれた年にこんなすばらしい映画が誕生したことを喜びたい。監督、木村恵吾。脚本、木村恵吾。音楽、吉田正。作詞、佐伯孝夫。美術、上里義三、西岡善信。出演者がこれまた超豪華。市川雷蔵、若尾文子、勝新太郎、中村鴈治郎、菅井一郎、水谷良重‥。若尾文子の美しさは今もまぶたの裏に焼きついたままだ。内容はいたって単純。とにかく美男美女が夢と愛の空想物語の中で、歌い、踊る。私しゃ、もうただただうっとりでした。

 ハリウッドのミュージカル映画を日本で実現しようとしたこの狸ミュージカルのシリーズ、私が見たのは他に「七変化狸御殿」(1959年、松竹)だけ。美空ひばりが歌って踊りまくっていた。楽しいことこの上ない、ばか陽気な映画。ミュージカルはこうでなくっちゃ。

 他の狸御殿シリーズもぜひ見たい。「初春狸御殿」は何がなんでももう一度見たい。見ないで死ねるものか。

 まあ、要するに、逃避しているだけなのです。
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2007年02月28日

ご近所でライブ

職場の近くのライブスペースで「むーたらず」というバンドのライブがあり、そこに私も出演した。

「むーたらず」は民族楽器を主とした結構変わり種のバンドである。ディジュリドゥ、ビリンバウ、タブラ、ジャンベ、タムタム、エレキギター、フルートという編成で、その他にカリンバ、鍵盤ハーモニカなど様々な楽器に持ち替える。私はこれにソプラノ・サックスとクラリネットで加わった。

基本的に強力なリズム・セクションである。こちらはリズムに合わせて好き勝手にどんどん吹きまくっても大丈夫。楽しいことこの上ない。さらに堀川久子さんも舞踏とボイスで加わり、ますます訳が分からなくなり、実に喜ばしい展開である。

サックスの音が大きすぎるとご近所から苦情が入り、2セット目はやむなくクラリネットと篠笛、口琴、ボイスだけに切り替えたが、サックスがないとやはりちょっと物足りない。クラリネットでの違った展開を今後考えることにしよう。

楽しかったのはいいけれど、喫煙者の率が非常に高く、タバコの煙がもうもうとしていたので、さすがに息苦しい。演奏終了後は早々に退散したが、全身タバコ臭くなっていて、気持ち悪いったりゃありゃしない。だから私はライブハウスなんか嫌いなのだよ。

音楽を聞く諸君、タバコ無しでもなんとかならんかね。
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2007年02月15日

カタログだったのか?

ようやく60枚近い原稿を書き上げ、提出した。頭がオーバーヒートしていて、すごく熱い。何度も経験していることだけれど、クールダウンの方法がいまだに分からないので、結局ボンヤリしながら、「早く隠居したいなぁ」などとつぶやくばかり。情けない。

この間、さまざまな歌論を読みながら古今集について考えていた。大岡信も指摘しているが、古今集は春夏秋冬や恋の歌を分類、整理し、時間軸に沿って事細かに並べている。実に周到に編集されている。

春夏秋冬を彩る花鳥風月、恋の歌は、時にどれも同じように見えてきて退屈になる。なんでこんなものを読んでみんな喜んでいたのだろう。まず、これらの歌のひとつひとつに深遠なるものが隠されていると考え、いわば呪文のように読んでいた、たいへん有難い言葉の数々であった、ということは確かなようである。

いっぽうで、古今集は知識人の生活マニュアルであり、人生のカタログであった。そこには人の思いのすべてがある。古今集を教科書やマニュアルとして読み、その世界と同じようにもの思いにひたり、そこに書かれた歌を模倣したり、再構成したりして、また新しい歌をつくった。

古今集が定めた春夏秋冬という時間編成は人々の意識に四季という概念を植えつけた。歌の制度化は四季という時間の制度化であった。桜を愛で、鶯の声を聞かなければ春にはならない。春になるから桜が咲いたり、鶯が鳴いたりするのではない。

恋もまたカタログ化された。こういう恋をしなさいよという見本集である。いくつもの恋の歌を読みながら、読者は自分もこうした恋をしたいものだと想像する。歌を真似て恋をする。現代の恋愛マニュアル、あるいはテレビ・ドラマと同じである。不確かな記憶だが、「恋愛の物語がこの世になかったら、人は誰も恋をしたりしなかったろう」とラ・ロシュフコーも言っていたと思う。

ここで思い出したのがプーシキンの名詩「秋」である。ロシアには基本的に春と秋はない。夏冬の二季の国である。ところがプーシキンが美しい秋をうたい、それが人口に膾炙したためにロシアには秋という概念が定着した。そして、ロマン派や象徴主義の詩人たちがナイチンゲールを頻繁に詩のモチーフにしたために、春という概念が定着したのではないか。詩の言葉によってロシアの四季もまた制度化されたのだ。

たぶんこんなことは、ロシアのどこかの学者がすでに言っていることだとは思うのだが、いちおう調べてみる価値はありそうだ。

「美しい日本」という昨今の言葉も、なにか私たちを制度化しようとする企みに思えてならない。くわばらくわばら。
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2007年02月08日

CO2

5年も前の恨みごとを、今日、言葉にしてしまった。
「地球温暖化によくないね、お父さん!」遠くから子どもの声が聞こえた。
ただのCO2でしかない言葉が透明な球体を満たしていく。
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2007年02月05日

束の間の雪

雪が地面を川底で眠る鮎の腹のようにしろく染めてくれたのも束の間、ごきげんな低気圧が子守唄をがなって、いまはほんとうに何もない深夜。外にはマーガレット・タンの月光が鳴り響いているような気さえする静けさ。知人のブログには昨晩開催された北の果ての地の雪祭りの様子が描かれていた。

光をすべて吸収する漆黒の闇とすべての光を含む清冽な雪と。そのどちらをも照らす蝋燭や発電機のリスムの中で笑いさんざめく人々の声と淡白い気息を思い浮かべる。

やがて声たちは虚空に消え、すべての生物は遠景となって、白の中の白だけが黒の中の黒に息づくのだろう。

「花、もみぢの盛りよりも、冬の夜の澄める月に、雪の光り合いたる空こそ、あやしう、色なきものの、身にしみて、此世の外の事まで思ひ流され、面白さも、あはれさも、残らぬ折なれ。」(『源氏物語』朝顔)
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2007年02月04日

ただいまの思考の途中経過(どんな原稿になるのか、自分でも分からない)。

言葉そのものに意味はない。

世界は意味に満たされている。

詩とは生である。音楽もまた。

語りえるものは語りえぬことに触れている。

言葉にならないことを言葉にしようとする意思。

絶対的な他者。私という他者。その言葉。

それでもなお詩は生き、ある。としたら。
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2007年02月02日

その権利

明日は今日よりも少しだけ生産的なことをしよう、ちょっとは世の中の役に立つことをしようと思いながら眠りにつく。そう思うようになったのは自分が死ぬ時をはっきり意識しはじめてからだった。たぶん自分はもう秒読みに入っているのだと。

重く厚い子どもの時の布団のような汗で湿った夢から醒めてみれば、またいつものように一日が動き始めている。今日も生きている自分にまたいつものように驚き、戦慄する。

おまえの児戯にも等しい仕事など、なんの役に立つというのだ。それでもおまえは自分の戯れを正当化するというのか。W・H・オーデンのあの言葉をおまえは忘れたのか。

「名誉を重んじる人間が、必要とあらば、そのために死ぬ心構えをしていなければならない半ダースあまりのもののうちで、遊ぶ権利、とるに足りないことをする権利は、決して小さな権利ではない」

それがたとえ児戯であれ、詩や音楽と戯れ続けるしかないのだろう。

言葉との戯れについて、ただいま原稿執筆中。登場人物はロシアと日本の詩人たち:チュッチェフ、フェート、マンデリシュターム、プリゴフ、朔太郎、暮鳥、谷川俊太郎。そして武満徹とメルロ=ポンティ。

もう締め切りはとっくに過ぎてます。
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