2008年03月11日

граница искажается

У нас бесчисленные голоса, глаза, носы, сосуды, языки и кожи. Где ж безграничные тела меж нами в этих космосах похожих? Граница медленно и стойко искажается...


Земля звучит, деревья видят нас
И травы слушают – предел изогнут...,
Полы шепнут, целуют окна вас
И стены вкушены – рубеж же искажается...,

Нога сознания и мысли рук,
Сосуд души – межи быть может искривленным:
Пространства голоса, времен глаза,
Пустоты тел – граница искажается…
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2007年07月18日

プリゴフ死す

ドミトリイ・アレクサンドロヴィチ・プリゴフが亡くなったという知らせが、友人のレートフから届いた。

2007年7月16日午前1時のことだった。享年66。死因は心臓疾患。レジツキイと同じだ。これからもっともっと刺激的な作品を書き、エネルギッシュなパフォーマンスを繰り広げるはずの人だった。

尊敬し、信頼できるロシアの友人たちはみんな早死にしていく。少しずつみんなに近づこうとしているのに、少しだけ近づけたと思っていたのに、みんなに先を越されていく。

追悼文を書くのはまだ先のことになるだろう。これ以上、何も書けない。かつて「詩人会議」に書いた文章があるので、故人を偲んで、それをとりあえずリンクしておこう。
http://www.human.niigata-u.ac.jp/~masami/Poetry/prigov03.htm
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2007年01月30日

世界の沈黙のまじわり

窓のむこうで音が降りしきる
なにもきこえないが
目にはそれと分かる沈黙の音
窓のこちらには声があふれる
言葉にはならない沈黙の声

誰のためにでもなく歌う小鳥たちの
あの小さな舌を一羽残らずちょん切ってしまいたい
それでも彼らの囀りは
空気をふるわせるのだろう

仕方ないので私は
黒くただれた自分の舌をちょん切ることにしたのだ
小鳥たちのように歌うために
意味のある言葉など口の端にのせぬように

世界の沈黙のまじわり

窓のむこうの音
窓のこちらの声
意味のない言葉たち
切り取られた舌の上で
ころがれ

ほおら 塀の上で
ツノカルカとシメコトケが
ワルツをかかづらい
ほおら 波の下で
ケクマルチョウとセイタカジラスが
タンゴをつんのめる

すてっぷすてっぷ とぅーるーず
ぜいぜいとはずむ 貧しい生たち
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2006年09月12日

グループ・アルハンゲリスク日本ツアー1991

グループ・アルハンゲリスクは、1991年7月19日-8月13日、北は札幌・根室から南は福岡まで、日本縦断ツアーを行い、16回ものコンサートを開催した。

私はその半数に同行し、ソニーのハンディカムでコンサートや旅の様子を記録した。同行できなった時は、グループ一行の運転手を務めてくれた河村さんや角張さんにハンディカムを託し、撮影をお願いした。その記録は全部で20時間を超えた。

残された8ミリテープを最初から見直し、デジタルに変換した。これを編集し、ロードムービーというかドキュメンタリー作品をつくっているところだ。記録を見直して、いまさらながらに思うのは、グループ・アルハンゲリスクのコンサートは無茶苦茶に面白いということだ。しかもツアー中、毎回その内容が進化している。旅先で思いついたアイディアや仕入れた音をどんどん次のステージに取り込んでいる。さらに、コンサート会場に来るお客さんたちの顔ぶれを見て、演奏内容・ステージ構成を毎回変えている。そして、瞑想的な静かな演奏からサービス満点のにぎやかな演奏まで、楽しいステージが続く。

この企画に加わって、グループの人たちと過ごした経験が、私の人生をすっかり変えてしまった。その後、自分が面白いと思う音楽やパフォーマンスは積極的に公演を企画してしまうようになった。

本や机上の理論ではなく、すべては現場にある。本も理論ももちろん大事だが、それ以上の喜びがステージの上にある。言葉で構築された世界は、その中でしかできないことをしているのだから、文学研究をしている以上、その世界とは関わり続けることになるだろう。文学研究は死体を弄ぶようなものだ。しかし、主体的に読まれることによって死体は生きたものとなる。でも私は生きている人間をもっと大事にしたい。死体を弄ぶ一方で、生身の人間ともつきあっていかなければ、何も新しいことは生まれない。

ようやく動き始めた科学研究費のプロジェクト「20世紀後半のロシア・中欧における非公式芸術の総合的研究」では、書籍や音源などの資料収集も重視するが、今現在生きて活動している関係者たちとのネットワークづくりがさらに重要な目標である。世界中に散らばる面白い点を線につなげること、そしてネットワークをつくることで、その関係の中から新しいものが生まれてくる。ニコライ・ドミートリエフはそれを見事に実践していたではないか。

グループ・アルハンゲリスク日本ツアー1991のドキュメンタリー映像は、9月21日、アルハンゲリスク・ジャズ・デイズの前夜祭で上映する予定だ。現地ではまたどんな新しい人と出会えるだろうか。そして、これからどんなネットワークができるだろうか。
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2006年05月19日

北の果ての音

原稿を書く必要もあったが、このところ耳と心が北の北の北の果ての音を求めてやまず、ひたすらスタロスチンを聴いていた。いい。やっぱりいい。

ソロの講演ライブ「at home」、モスクワ・アート・トリオの最新CD「Instead of making children」、同じトリオの「Prayer」…。なんて味わい深い声。アルペリンの抒情的なピアノもシルクロペルのホルンの魂の響きもすばらしい。

「at home」はドムでのライヴ。お客の反応も十分に伝わってくる。スタロスチンもすばらしいが、聴衆もすばらしい。これはやはりドムならでは。このCDはドミトリイ・ウーホフが昨年来日した折にプレゼントしてくれたもの。さすが元作曲家同盟民族音楽部門にいたことだけある。このCDを推薦するのもうなずける。

ウーホフの作曲家同盟時代の同僚で友人だったのが、ジャンナ・ブラギンスカヤだと知り、驚いた。ウーホフとしばらくジャンナの話をしながら昔を懐かしんだ。

昨夏から、グループ・アルハンゲリスクの日本ツアーの映像記録を編集し始めているのだけれど、亡くなったジャンナやレジツキイの姿を見るたびに心は北へ飛ぶ。もう一度、二人に会いたい。でも、二度と会えない。

スタロスチンに続いて、ドムにおけるレジツキイ最後の演奏を聞き返した。民謡歌手ゾーリナとの演奏は、北の霊気にあふれている。やはり神に選ばれた人だったのだ…。
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2006年03月14日

DOMの本

DOMの創立5周年記念本をパラパラと見ながら、付録のCDを聴く

久しぶりに聴いたが、やっぱり面白い。正統派から前衛まで何でもあり。ジャズ、ロック、ノイズ、ワールド・ミュージック、ミニマル、現代音楽……99の音源が次から次へと展開する。その構成はいかにも盟友クリョーヒンのセンスを受け継ぐものだ。ジャンルなんて関係ない、面白い音ならすべて吸収し、みんなと分かち合おうというニコライの面目躍如たるCDである。

私なんかもステージに上げさせてくれたのだから、ただの音楽プロデューサーではない。音に対する考え方の底の深さは半端じゃなかったのだ。私はその底を垣間見ていたと思っていたけれど、ニコライの頭の中にあることの全貌を知ることなく、彼は世を去ってしまった。

宮前さんの頭の中も同様だ。なんでもっと生前にたくさん話を聞いておかなかったんだろう。今さらながら悔やまれてならない。

日本におけるニコライの思い出を17分間の映像にまとめた作品を作ってみた。昨年秋、ドムでそれをバックに即興演奏する試みをした。残念ながら、その時の演奏は録音されていなかった。今回あらためて音を入れ直そうとしているのだけれど、ニコライに対する思いが昨年秋の頃とだいぶ変わってきているので、前回とまったく違う音になるかもしれない。それはそれで、面白くていいんだろ、ニック?
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2006年03月08日

音楽的身体について考え始める

ウラジーミル・マルトゥイノフの『OPUS POSTHの領域、あるいは新たなリアリティの誕生』を読んでいるのだけれど、難解な内容だ。なんとか理解しようとCD「OPUS POSTH」(1997)を聞き返した。久しぶりに聞いたら、やはりすごい。

昨晩は舞台「ガリツィアの夜」をビデオからPCに入力して、クリョーヒンやサインホの映像と一緒にDVDを作り始めた。「ガリツィアの夜」の舞台上で演奏と同時にフランシスコ・インファンテがインスタレーションを製作しているシーンを見ていて気がついたのは、音と言葉の誕生と同時に事物も誕生していくのだということだった。

今回編集した映像を通しで見て、多くのロシア人ミュージシャンが民謡や伝統儀礼にこだわるのは、まさしくこの音・言葉・事物の創造・発生と変化の過程に関心を向け、その過程そのものを身体化しようとしているためなのだと思う。演奏者であると同時に聴衆であり、見るもの・音を出すものであると同時に見られるもの・聞くものである音楽的身体。ステージという場は、音楽家=聴衆の音楽的身体が祝祭の熱狂的なダンスを踊る空間なのである。そのダンスは物理的な身体的行為である必要はない。お互いの五感が開かれて、全身が耳になり、目になり、舌になり、鼻になり、そして皮膚も内臓も触覚として蠢く。音楽的身体が世界と関わるときに、音楽的自己=他者は立ち現れる。

「私」と「あなた」はひとつの音楽的身体となれるのだろうか。

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2005年11月24日

音楽は自分の楽しみのためにあるのか

「ドム・フェスティバル」2日目に出演したタチアーナ・グリンデンカが、ステージの直前「これを通訳してくれないか」と言って、相談してきた。それは禅の公案に関する簡単な説明だったが、こちらは禅についてはいろいろと思い入れがあり、とても簡単には訳せない。そこで、たまたま昨年グリンデンカのお世話をしたことがあるという女性がいたので、その方に事前に公案に関する説明を一通りした後、ステージで通訳をして頂いた。そのまま字義通りすなおに通訳してくれたので、お客さんたちには十分意味は伝わっただろう。

 でも、私にはどうしても訳せない。あれは論理的でありながら、まったく非論理的。単純でありながら、とても複雑。でも答えはいつも簡単。知らなければどうでもいいことだけれど、少しでも知っていると論理の泥沼にはまってしまう。何も知らなければ、私が通訳してもよかったのだけれど、半端に知っているので、通訳がどうしても躊躇われた。知識というのは時に障害になる。まるで公案。

 禅宗のお寺があれば、是非行きたい、とグリンデンカとマルトゥイノフは言う。東京近郊にはそんなに禅寺はないし、いきなり行っても座禅をさせてもらえたり、禅師の話を聞けるとは限らない。そこで、彼らと同じ日に演奏した小宮いちゆうさんに相談した。小宮さんは真言宗智山派の僧侶でありながら、プロのトランペット奏者だ。1991年のグループ・アルハンゲリスク日本ツアー以来のおつきあいである。ガイヴォロンスキー&ペトローヴァ・デュオやニコライ・ドミートリエフ夫妻の来日の際には、小宮さんのお寺に泊めて頂いている。バス・クラリネット奏者のゲオルグさんの時はお寺で私も一緒に軽いセッションをさせて頂いたこともある。

 小宮さんのお寺は亀戸にある。折しも菊の花が境内を楚々とした美しさに彩っていた。グリンデンカとマルトゥイノフは小宮さんに会うやすぐ、さまさまざまな質問をぶつけた。もっとも大事な質問は「音楽は何のために、誰のためにあるのか」ということだった。それは衆生のためや祈りのためであったとしても、ただの口実のようなものでしかなく、結局は自分の楽しみのためだけにあるのではないか。グリンデンカはお金のためではなく、演奏する。それは自分の中にある何か神のようなものに近づくためでもあり、なによりも悟りを目指しているのだという。マルトゥイノフも宗教音楽の研究を深めているうちに同じような認識にいて、現在のような曲を作っているのだという。ロシア正教徒の二人が仏教の僧侶に真摯に答えを求める。

 それは自分の楽しみのためでもあるかもしれない。でも祈りでもある。周囲の人を救うということ、人々が祖先を敬うこと、その二つによって人々の心に安心ややずらぎが生まれることが現在の仏教のあり方だとしたら、音楽もまたそうしたものに関わるのであり、それを演奏することも縁なのだ、と小宮さんは答えたのではないかと私は勝手に思っている。(必死で通訳していたので、内容が混乱しているかもしれない)

 グリンデンカの友人で、ある優秀な音楽家が仏教に帰依し、家も家族も音楽も捨てて修行生活に入ってしまった。悟りのためになぜ音楽を捨てなければならないのか。そうしなくてもいいという立場で音楽を続けている小宮さんの姿にグリンデンカたちは納得し、とても得るところがあったのだろう。寺を後にしたとき、二人のロシア人の表情は晴れやかだった。

 私も得るところがたくさんあった。これまで、本業は大学の教員という人間が音楽に携わっていることに対するうしろめたさが常にあった。真剣に音楽に取り組んでいるプロに対して失礼ではないか。某サックスプレーヤーのように「パートタイム・インプロヴァイザー」と言ってもいいのだが、この表現も何か躊躇われる。お客さんのために、あるいはお客さんとのコミュニケーションのためにというサービス精神もあまりないし、自分の楽しみのために音楽をやっているわけではない(結果的にそうした音になったとしたら、それはそれでどんなにいいだろう、とは思っている。) 「いい音楽」をしたい訳でもない。しかし、自分の中にまだ未知の音があり、それを聴きたい、という欲求は常にある。それは自分の外にもある。その音が単に聞くだけのものならただ聞けばいいのだが、自分がメディアになってその音を出し、聴かなければならいとしたら、自分で音を出すしかない。そしてまた、それは時に言葉だったりする。では、お客さんは? お客さんもメディアだろう。同じようにその音を聞く場に居合わせた人たちだ。

 私はコミュニケーションがしたいわけではない。自分をまったく別のものにしてしまいたい、あるいは完全に消してしまいたい、と思っているらしい。自分と自分ではないものとの境界を侵犯したい、壊したい、その境界の向こうに行きたい。音と言葉の境界もまたしかり。あのどうしようもない深淵のなかでもがいていたいのだと。その後にあるものは…。
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2005年11月07日

ドム・フェスティバル

まもなく「ドム・フェスティバル」が開催される。

DOM Fes in Japan  
---- in the memory of Nikolay Dmitriev ----

日時 : 2005年 11月 17~19日
場所 : 江古田 Buddy (練馬区 旭ケ丘 1-77-8 双葉会館B2)
入場料 : 1日3500円  3日間通し9000円
電話予約 Buddy 03-3953-1152

フーロデューサー : 梅津和時、宝示戸亮二、副島輝人

★11月17日(木)18:30 開場 19:30 開演
* 副島輝人挨拶
1 ウラジーミル・ヴォルコフ(B)梅津和時(Sax)duo-
2 大友良英(G) solo
3 佐藤允彦(P) 朴在千 (Per) duo---from 韓国--- 
* 木村慎吾 (朗読)
4 梅津和時 (Sax) 鬼怒無月 (G) 早川岳晴 (B) 
5 佐藤允彦 (P) ヴォルコフ (B) 梅津和時 (Sax)

★18日(金)18:30 開場 19:30 開演
* Nadezhda Bukuradze (モスクワDOMのメイン・スタッフ) 挨拶
1 朴在千(Per)+Miyeon (P) duo
2 「人間国宝トリオ」  野中悟空 (Dr) 近藤直司 (Ts)ヒゴヒロシ (B)
3 巻上公一 (Vo) 宝示戸亮二 (P) duo
4 「小宮いちゆうユニット」 小宮いちゆう(Tp)藤川義明 (As)雨宮拓 (P)海道雄高(B)
5 KK.NULL(岸野一之 )(Electronics) solo
6 タチヤーナ・グリンデンカ(Vln)、ウラジーミル・マルトゥイノフ(P) duo

★19日(土)18:00 開場 19:00 開演
1 宝示戸亮二 (P) ウラジーミル・ヴォルコフ (B) duo
2 朴在千(Per)+Miyeon(P) 梅津和時 (Sax) 本木幸治 (舞踏)
3 「大沼志朗トリオ」 大沼志朗 (Drs) 森 順治(Sax)スガダイロー(P)
4 「渋さ知らズ・オーケストラ」
5 全員 「渋さ知らズ」に加わる
* Ludmila Dmitrieva (故ニコライ・ドミトリーエフ夫人) 挨拶

詳細は、KK.NULL WEBSITE でも知らされている。
http://www.kknull.com/jpnewsframe.html
みなさん、ぜひおいでください。

******************************

ライブハウスは煙草の煙がたちこめるので、私はもう絶対に行かないことにしている。こういった場所に行った翌朝は目が真っ赤に腫れ、頭がぐらぐらするのだ。どんなにいい音楽を聴いたって、もう2度と行くものかという気持ちになってしまった。こんなにひどい煙草アレルギーになるとは、昔は考えてもいなかった。その点、モスクワのドムは煙草の害のほとんどない、とてもいい場所だ。ニコライも煙草は吸わなかったし、お客さんにも演奏中の喫煙をたしなめていた。しかし、今回は、Nadezhda と Ludmila の通訳のお手伝いもあるので、ドム・フェスに行かなければならない。煙草のことはもう覚悟するしかない。しかし、あれはやっぱり地獄だなあ。

稚内にいた時は自分の研究室か広々とした戸外でクラリネットの練習をしていた。煙草のある所では演奏したことがない。したいとも思わない。しかし、お客さんは吸う。いったいどうしたらいいのだろう。みんなドムを見習ってください。

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2005年09月13日

モスクワ行

9月21日から10日間だけモスクワに行く。一番の目的はニコライ・ドミートリエフのために何かをすること。ただ、それだけだ。

死者のために何ができるというのだろう。

2000年5月、同僚の宮前さんが亡くなった。彼にもう一度会いたいと思った。学校葬の弔辞で私はこう言ったのだと記憶している。「死ぬことは少しも悲しいことではない。悲しいのは、私たちと死者とをつなぐ通信手段が何もないことなのだ」と。

ニコライのために何ができるというのだろう。

ないはずの通信手段をどうしたら手に入れることができるのか。私たちから死者たちへの一方的な通信。それが墓参りであったり、祈りであったりするらしい。

いや、何かほかの手段があるはずだ。きっと。それを確かめるためにモスクワに行くのだ。確かめなければいけない。彼の声を聞くために。その声と呼び交わすために。
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2005年08月27日

風の落とし穴

貧しい空に
青い急襲
トンコリが響くチューブ
そこに弄る光の束は
確かにシベリアの果てから若い
魚鱗のように湧き出してきた

彼はそこに立ち尽くしていた
黒々と樹々にはさまれて

ブエノスアイレスから吹く風と
ノリリスクから立ち上った雲が
ノヴォシビルスクでぶつかり
カムイトーの底に沈む頃

一人の自転車乗りが
そおっと赤いくしゃみをした

懐中に音の扉をしのばせて
目をしばたたかせている鳥たち

帰れ 風の向こう側に
飛べ 白い闇の中に
歌え 風の落とし穴
叫べ 黒い光の中で
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2005年06月16日

To Nick Николаю

Нет. не знак --
А невидимые
Слова принимают
Круг, квадрат
и изгибают,
Смеются, играют.
Волнения звуки
Сверлят в ушах,
Расплавят мозг.
Искра, искра, искра --
Дайте звуки
Его голоса ...


いいえ、もじではなく
めにみえない
かたちあることばたち
まあるく、しかくく、
ゆがみ
わらい、たわむれる
ひびきのそうらん
は みみをうがち
のうずいをとかす
ひばな ひばな ひばな
おとをください
あのひとのこえの






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2005年06月15日

Memory of Nick Dmitriev

April 10, 2004 our friend Nikolai Dmitriev died in the age of 48.
Now I am maiking Video-film for memory of Nick. I will perform with this film -- play clarinet and sax.

test001.jpg

Память Николая Дмитриева
Короткий пробный фильм (QuickTime Movie)
Nicktest01.mov
Click here.
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