2010年06月29日

急がば回れ

6月28日。朝から最後の洗濯をし、荷造りをはじめる。100枚近いCDとDVDをいかにスーツケースに詰め込むか。何度も詰め直しては、スーツケースを体重計に載せて重さを計る。7回目ぐらいでようやく20キロ以内におさまった。しかし、その分手荷物が増えてしまう。今度はその手荷物をできるだけコンパクトにまとめるように悪戦苦闘する。楽器がいくつもあるせいで、どうしても減らすのは難しい。

どうやら目処がついて(それでも5つの手荷物である)、ゴミ出しをし、シャワーを浴びて、まだ出発まで2時間あるので、8月28日に佐渡で開催予定のシンポジウム「世阿弥と佐渡の能楽」のチラシのデザインを仕上げてしまう。なんとか出来上がったものの主催者の先生宛にチラシの添付ファイルをメールで送るが、デリバリーエラが帰ってくる。何度やってもだめなのでもう諦める。

午後3時。時間通りに迎えが来た。いかし、来たのは約束していたマクシムではなく、リューダ。ターニャが卒業試験前日でマクシムも身動きできないという。大丈夫、私があなたを空港まで連れて行くから、とリューダ。しかし、話をしていると、昨日のカザフでのフェスティバルから夜遅く帰ってきて、ほとんど寝ていないという。大丈夫かなぁ。

小さな渋滞を抜けながら、リューダの車は街道に出て、快適に走って行く。車中でニコライの生前の話(音楽の仕事だけに携わるようになるまでの経緯、さまざまなミュージシャンとの出会い等)をたくさんしてくれる。録音機を用意しなかったことが悔やまれるが、次回また改めてきくことにしよう。

空港に向かう時にいつも通るレニングラード街道ではなく、違う街道を走っていることに気がついて少し不安になる。渋滞を避けて近道を走っているらしい。やがて、空港への道を示す標識が見える。やれやれとほっとしたのもつかの間、空港への分岐点で車がたくさん立ち往生している。なんと、警官がいて、完全に道を封鎖しているではないか。どうしても通れないことが分かり、リューダが警官に何度も迂回路を尋ねる。いくつかの答えが返ってくるが、その1番目が「道に詳しいタクシーに乗れ」である。ふざけている。さらにいくつかの案があったが、空港への道は大渋滞なので、これは一端モスクワの中心部に戻って、空港直通の電車で行くのがベストだという結論にリューダは達した。

渋滞を予測してボーディング3時間前に家を出たのだから、いつもの渋滞する道を愚直なまでにのろのろと走っていれば、確実に空港にたどり着いたはずなのだが、近道をしようとしたために、かえって最悪の事態になってしまった。さらに、リューダは道を引き返そうとして、見知らぬ通りに入ってしまったために、完全に方向を見失ってしまった。なんども停車し地図を確認し、また走るが、しばらくするとまた現在地が分からなくなっている。道を歩く人や信号待ちの隣の車のドライバーなど何人もの人に道を尋ねてようやく目的の街道に出る。

やっと知っている道に出て、これで順調にいくと判断したリューダはまた昔話を始めるが、私はこのまま飛行機に間に合わなかったらどうしようとそればかり考えている。リューダは大丈夫よ、まったく問題ないわ。と言っている矢先に違う分岐点に入ってしまい。また反対方向へと走り始める。あら、ごめんなさい。また元の道になんとか戻り、出発から2時間後にして、ようやくベラルースカヤ駅にたどり着く。

この駅から空港への直通電車が出ている。5時の便はすでに出てしまった。次の便は5時30分。空港までの所用時間は35分。離陸2時間前ちょうどに着くことになるので、一安心。切符は300ルーブル。出発前にトイレに入ったら25ルーブルだった。

この電車のことは知っていたが、なにしろたくさんの荷物を持って電車の乗り降りをしたくないので、車を頼んでいる訳で、こんな事態になることは予想していなかった。しかし、もうこの電車で行くしかない。荷物を載せるところまではリューダが手伝ってくれたので、それだけでもとても助かった。リューダに別れを告げ、電車は走り出す。エクスプレスとか言いながら、少しも早く感じない。それでも道路の渋滞を考えれば、ものすごく早い。今回の事態についてリューダは別れ際、「こんなことはよくあることよ。そして必ずなんとかなる。これが人生よ」と言っていたが、まったくその通りだと思う。ロシア的生活から学ぶことは多いのだ。

今度は何事もなく、空港に到着。しかし、荷物が多いので、汗だくになってターミナルへと向かう。ボーディングは始まっている。すでに長い列ができている。じっと順番を待ち、心配していた荷物の重量オーバーもなく、やっとパスポート・コントロールも通り抜け、ボディ・チェックで小物を入れた箱が壊れて、時計や携帯電話が床にまき散らされ、係員が珍しく詫びているのに応えるのも面倒くさく、なんとか搭乗口までたどり着く。

搭乗までまだ40分ほどあるので、いつものアイリッシュバーで最後のロシア・ビールを飲みながら、やっと一息つく。後は飛行機に乗ってしまいさえすれば、ひたすら寝るだけだ。隣の席の客がタバコ臭くないことを祈るばかりである。
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2010年06月28日

おみやげとマルトゥイノフ

6月27日。朝から掃除機をかけ、床をぞうきんがけする。最後の洗濯もする。いやあ、きれいになった。すっきりした。

いよいよ明日の帰国を前にして、日本へのおみやげを買いに行くとにする。ルイノクとも思ったのだが、手っ取り早くおみやげを買うなら、やっぱりよく知っているヴェルニサーシュだろう。ということで、イズマイロヴォに向かう。よく知っていると言いつつ、間違えてイズマイロカヤ駅で降りてしまった。公演でくつろぐ人々の姿がホームから見える。本当はあんなふうに日陰でのんびり過ごしたいのだが…。再びパルチザンスカヤへ引き返す。

イズマイロヴォのヴェルニサーシュはいつも通りの賑わいである。入り口付近のDVDショップで「陽気な連中」と「ヴォルガ・ヴォルガ」を買う。モノクロ映画に彩色したもので、気になっていたのだ。いくつか店を横目に見ながら、昔風のマトリョーシカを売っている店で立ち止まる。気に入ったデザインのものがあったので、店の若者にいくらだときくと900ルーブルだという。高いよ。じゃあ、いくらなら買うのか値段を言ってよ。700でどうだ。いや、750。しょうがないか。もう少し安く言えばよかった。750で購入。

似たような品物しかない中でもたまにいいものもある。アルハンゲリスクの幸福の鳥が軒先に吊り下げられている店があった。面白い絵が描かれた木の器が並べられている。スコモローヒの絵が描かれた皿と三人姉妹の絵が描かれた器が気に入って、どちらか迷うが、結局、三人姉妹と幸福の鳥を買う。しめて2,000ルーブル。高いが、妥当だと思う。その他いくつか買い込み、予定の予算をオーバーしたので、帰ることにした。

一端帰宅し、水をガブガブ飲み、軽く食事をし、一休み。メールなど書く。先日送ったメールに今頃ミーシャから返事が届く。かなり田舎にいて、メールチェックができなかったという。急かすから、無理につくったDVDのコピーを渡そうと思っていたのに、田舎に行くのなら事前に言ってほしいものだ。DVDは友人に託すことにした。

午後7時、ドムへと向かう。今日はマルトゥイノフのコンサートだ。新譜の「イーリアス」の発表記念と新刊本の発表記念を兼ねたコンサートのはずだったが、「イーリアス」はジャケットのデザインがまだ終わっていないためリリースされていないし、本の方も出版が遅れているという。前倒しの記念コンサートということになってしまった。CDと本を手に入れるのを楽しみにしていたのに、とても残念だ。

マルトゥイノフというのに、今日はお客が少ない。もうみんな夏休み体勢なのだろう。コンサートの前にマルトゥイノフが新作のコンセプトについて長々と話すが、ほとんど理解できない。マルトゥイノフの本もそうだが、彼の考えも表現も難しくて、何度も読まなければ理解できない。その場の話なんか全然分からない。でも、分からないなりに面白いので、それでいいのだ。

映像を流しながら演奏するという。ピアノの演奏が始まる。いつものように同じフレーズの繰り返し。微妙な変化。さて、映像は? なにやらシミのようなものがぼんやりと映っている。何も動かない。シミのままである。映像は後から流すのかな。演奏は続く。どう表現していいのか難しいのだが、メロディーの反復と増幅、音の差異と連続がとても気持ちいい。映像の方はというと相変わらずシミのままだが、かすかにその模様がはっきりとしてきている。演奏はさらに続く。譜面もなしに、この連続はすごい集中力だ。しかも早いパッセージ、ピアノフォルテの連続。筋力もすごいのだろうなあ。気がつくと映像がはっきりしている。どうやらレンガの壁である。先ほどのシミは壁をアップにしていたので、ぼやけていたのだ。カメラがひいていくにしたがって、壁の様子がどんどんはっきりしていく。演奏は続く。カメラはどんどんひいていく。だんだん巨大な壁であることが分かっていく。演奏は続く。巨大な壁は巨大な建造物であることが分かってくる。塩蔵は続く。巨大な建造物はなにやらとても不自然な異様な代物であることが分かってくる。演奏は続く。ある一つの建物の部分を切り取って、それを横に反復した合成映像であることが分かる。演奏は続く。どこまでも反復する強大な建物の壁。上下の白い空間がどんどん広がり、やがて地平線の中に完全に消えてなくなり、真っ白になる。演奏の音は休符が増え、だんだんと消えていく。

1時間余の演奏。すごい。

昨日の偽チベットのマントラよりも、よほど祈りに近い、荘厳な構成だった。ほとんど生音に近い演奏で、ピアニストの力量がはっきりと分かる。曲も演奏も実にすばらしい。CDがリリースされるのが楽しみだ。マルトゥイノフの本もしっかり読まなくちゃ。

モスクワ最後の夜をマルトゥイノフで締めくくることができて、私は実に幸せである。

明日は朝から荷物の整理をし、午後3時にアパートを出発する。100枚近く入手したCDとDVDをどう整理するか頭が痛い。明らかに重量オーバーだろう。まあ、なんとか対処しよう。

日本に帰れば、また書類と会議と授業に追われる日々である。このブログも当分書き込むことはないだろう。毎日日記が書けるということは、それだけ生活にゆとりがあるということなのだと思う。「忙しい」という愚痴が書けるだけでも幸せだろう。愚痴を書く暇もない、まるでゆとりのない生活っていったい何なんだろう。ああ、帰国するのが恐ろしい。

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Вернисаж в Измайлово
http://kremlin-izmailovo.com/Souvenir-Market

Презентация книги Владимира МАРТЫНОВА "ВРЕМЯ АЛИСЫ"
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/27/
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2010年06月27日

カダンスと偽チベット

6月26日。帰国まで3日しかないのに、朝から洗濯やら掃除やらで時間が過ぎていく。ゴミを出し、食品を買いに行き、やっと一息つき、昨日買ったアートガイトを見ていたら、歴史博物館で面白そうな展示をやっていることが分かり、急遽行くことにする。

2ヶ月近くモスクワにいたのに赤の広場に初めて来た。近くは何度も通っていたのに、特に用事もなかったので、見たいとも思わなかったのだ。久しぶりの赤の広場は土曜日ということもあり、観光客であふれていた。行き交う人々がみんな楽しそうでなんとなく嬉しい。広場を散歩したい気もするが、時間があまりない。今日の目的は歴史博物館で開催されている「勝利のパレード」展である。昨日ヴィンザヴォートでパレードの写真展を見てとても面白かったので、1945年の戦勝記念パレードに関する特別展示を見る気になったのである。いやあ、あるある。パレードに参加した軍人たちの制服や身の回りの品々がたくさん展示されている。どれもとても保存状態がいい。戦争に勝つということが、どんな意味があるのか、またも考えさせられた。会場ではパレードのドキュメンタリー映画も上映されており、じっと見入ってしまった。(なんとこの映画はYouTubeでも見ることができる)

パレードっていったい何なんだろう。いろいろな国で、お祝いやお祭りでパレードをするけれど、何故パレードをするのだろう。不思議だ。これはよくよく考えて見る必要がありそうだ。さっそく調べてみよう。などと考えているうちに、すでに時間はオーバーしている。大急ぎで、歩いてクラブ作曲家同盟へ向かう。午後4時30分。

オーガナイザーのモシュコウがいた。今回の企画や今後の展望などについて軽くインタビュー。今日はベテランのゲルマン・ルキヤーノフのグループ「カダンス」である。アントン・ザレターエフ(テナーサックス、フルート)とアレクセイ・クルグローフ(アルト・サックス、アルト・クラリネット)をフロントに配置し、ピアノ、ベース、ドラムという6名の布陣だ。曲はすべてルキヤーノフの作曲。彼は「作品」と言っていた。その通り。まさしくルキヤーノフの作品で、譜面に従ってメンバーはきっちりと決められた構成の中できっちりと演奏していた。もちろんテーマと全体の構成はしっかり決まっていても即興が主体だが、その即興の部分も担当の小節数が決められていて、本当に全体が「作品」として構成されている。

テクニック抜群のメンバーばかりである。当然、すばらしい演奏だ。作品そのものもすばらしい。いい作品なので聞いていて気持ちがいい。そしてやっぱり眠くなる。今回はビデオ撮影が許可されなかったので、ただ聞いているだけという状態のせいもあるが、作品ができすぎていて(完成度が高いので)、思わぬ展開というものがないために、緊張感が持続しない。これからいったいどうなっちゃうんだろうという感じが全然ない。曲をつくる、ひとつの作品をつくるという点でルキヤーノフはすばらしい芸術家だと思う。でも、逸脱や間違いの大好きな私としては、やはり眠くなるのである。

モシュコウに別れの挨拶をし、少し気温が下がり始めた通りを歩く。12月頃の授業で現代のロシアの日常生活について話をしなければならないので、街中の様子を写真に収めておかなければならない。薄着でアイスクリーム食べながら楽しそうに通りを歩いているモスクワの人々の様子を見て、学生たちはどう思うのだろう。

途中で腹ごしらえをして、ドムに到着。午後7時30分。サウンドチェックをしている。チベットのマントラを基本にした音楽をやるグループ「プフルパ」である。中央に置かれた大きな太鼓を見て、数年前に彼らの演奏を聞いたのを思い出す。あの時より舞台のセッティングが凝っている。楽器も増えたようだ。やはりチベットで仕入れてきたのだろうか。

舞台は黒幕で覆われ、暗く、中央のライトだけで全体を照らしている。何やら黒魔術の衣装としか思えない格好でメンバー4名が舞台に座る。お香の煙が漂う。マントラと言うから、いくつかのフレーズが連鎖するのかと思ったら、ア、エ、オの母音しか聞こえない。時々子音も聞こえるが、単にオウオウ言ってるようにしか聞こえない。教典のようなものを見ながら声を出し、演奏しているので、たぶん本当のマントラなのだろう。しかし、あまりにも単調である。日本のお寺だったら、特に真言宗だったら、もっと見ていて面白いパフォーマンスをするぞ。少なくとも私の知っているチベットの密教音楽はもっと派手で面白いぞ。

ビデオ撮影しながらなので、なんとか見ていられるが、途中何度も眠くなる。今度は退屈だからだ。マントラの唱え方も、楽器の演奏もそんなにたいしたテクニックとは思えない。マントラを聞かせるのならコンタクト・マイク使ってこんなに大きく音を増幅させず、生音だけで演奏するべきだと思う。大音響で意識を朦朧とさせ、格好と演出でごまかしているとしか思えなくなってきた。結局ビデオを1時間回していたが、どうにも我慢できなくなって、途中で会場を出た。

目が痛い。安いお香の煙のせいだ。不快ではないが、タバコどころかお香も駄目になってしまった自分が情けない。

不愉快な音楽ではなかったのだが、「チベット」「儀式」「マントラ」というキーワードに惹かれてやってきたお客さんたちはきっとなにかを求めてきたはずである。それは単なるエキゾチズムではなく、精神的な何かなのだが、これを「日本」に置き換えた場合、やはり同じことがおこるのだろう。

まだまだ明るい通りを若者たちが笑いさんざめきながら行き交う。なにげない日常の幸福をカメラで撮影しながら、トレチャコフスカヤ駅へと向かう。モスクワは今日も平和である。

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Парад Победы. 24 июня 1945 года
http://www.shm.ru/ev69530.html

Парад Победы 1945 (1) Victory Parade Siegesparade
http://www.youtube.com/watch?v=_Sgphzwn_bE

«КАДАНС» ГЕРМАНА ЛУКЬЯНОВА
http://www.ucclub.ru/event/26-06-2010/17-00/
http://www.jazz.ru/newsound/#06

ПХУРПА
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/26/
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2010年06月26日

ヴィンザヴォートとスタロスチン

6月25日。早起きしたのだが、朝食の後またうとうとしてしまう。気温が高いせいかなんとなくだるい。とにかく昨日買った展覧会カタログが重いし、大きいし、じゃまなのですぐに郵送することにする。いつもの郵便局に行くと、なんと4人も並んでいる。しかも、直前の男性はビブリオグローブスの袋を4つも抱えている。ビブリオグローブスで売ってる本ならネットでも買えるのに…。しばらく待たされ、なんとか荷物も送り出す。

カバンが軽くなったところで、オギに行く。本ではなく、CDを物色するためだ。以前より品揃えは少なくなっているが、CDの棚には珍しいものがある。ヴェーラ・パーヴロヴァの朗読によるアフマートワとマンデリシュタームのCDがあった。レフ・ルービンシュテインのCDもあった。その他にも面白そうなCDを10枚ほどを買った。さあ、帰ろうと思った瞬間、目に飛び込んだのが集団行為の『郊外への旅』続編。ああ、そしてその隣にはヒトルークの自伝が…。もちろん買い、再び郵便局へ戻った。

今度こそ最後の郵送作業であったことを祈りつつ、隣駅のチカーロフスカヤへ。クールスク駅付近はとても混雑していた。そのままヴィンザヴォートへ向かう。いつも通り、まず最初にゲルマン・ギャラリーを覗く。アンドレイ・ブローヒンとゲオルギイ・クズネツォフの「リサイクル」展。2年前にも彼らの同じシリーズを観たことがあるが、今回はさらに内容をレベルアップしている。リサイクル素材を使って、とても古典的なレリーフやステンドグラスをつくっているのだ。しかもとても大きい。一見古典的だが、よく見ると現代的な内容で、しかもかなりのパロディが入っていて、結構面白い。レジーナ・ギャラリーではイワン・チュイコフ展をやっていて、嬉しかった。プロウン・ギャラリーは毎回地味な企画だが、とてもいい内容なので、今回も期待して覗いたが、期待通りだった。アヴァンヤルドの時代から現代までのテキスタイル展である。ステパーノヴァ作品の現物が見られて嬉しい。彼女以降のソ連時代の生活に根ざしたさまざまな意匠が驚くほど斬新。「ソ連邦」のロゴとロケットを全体にデザインしたベストなんてすごく欲しい。いい展覧会だったのにカタログがなかったのが残念だが、これ以上本を買う余裕はないので、かえって助かった。

思いがけずに感動したのが、「パレード」写真展である。タス通信秘蔵の写真からパレードの写真ばかりを集めた展覧会である。1919年から90年代までの写真が100点以上、年代順に並べられている。どれもその時代を反映しているパレードばかりである。パレードは人間だけでなく、自転車、オートバイ、戦車、ロケットなどさまざま。また大きなオブジェ(パン、飛行船、ロケットなど)もたくさん登場する。衣装もさまざま。ソ連時代の公式のお祭りは実に面白い。これは是非とも写真集にして欲しいと思う。

大急ぎで帰宅し、大急ぎで夕食をすませ、大急ぎでまた出かける。今日は一番前の席に座りたいのだ。ドムでスタロスチンのライブである。

いちばん座りたい場所に座れた。いつも遠慮して離れた場所からビデオ撮影しているのだが、スタロスチン一人なら一番前の席の方がいいと思って座ったのだが、ステージのセッティングはどう見ても4人以上の出演である。うーん、まあいいか。始まる前からずっとどこかの田舎で民謡を歌っている老婆たちの映像が流されているので、それを見ていたら、いつのまにかうとうとしていた。今日は30度くらいあったものなあ。

スタロスチンの他に女性歌手2名、パーカションとヒューマン・ビートボックスの6人編成である。スタロスチンは名前を知らない横笛、縦笛、弦楽器、角笛、鈴を演奏しながら、いつもながらの透き通る地平線の遠くまで届くような声で歌う。女性歌手二人もすばらしい。一人は見たことのない弦楽器も演奏し、ついでにホーメイまでやってしまうエネルギッシュな歌声。パーカションがロシア風チンドン太鼓で演奏するのが楽しい。ヒューマン・ビートボックスの若者は工夫していろいろな音を加えるのはいいのだけれど、手がなくなると低音のベース音ばかり出すので、これが他のメンバーの澄んだ音をじゃましてかえってうるさい。電気を使うのはやはり難しい。

お客さんは一曲ごとにブラボーの連続。途中休憩もはさまずに、2時間以上スタロスチンは歌い続けた。すごいなあ。フォークロアにどっぷり浸って、最後にお客さんは全員「有り難う」コール。いやあ、いいライブだった。

そういえばタバコを吸っている人がいなかったな。音楽の好みと喫煙率には関係があるのだろうか、などとくだらないことを考えつつ、いいライブの後は足取りも軽く、家に帰ったのだった。

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ВИНЗАВОД
http://www.winzavod.ru/

Recycle (Андрей Блохин, Егор Кузнецов)
http://www.winzavod.ru/sobitie/224

Иван Чуйков - "ДАЛЕКОЕ - БЛИЗКОЕ"
http://www.winzavod.ru/sobitie/204

Галерея «Проун»
http://proungallery.ru/gallery/about/

ПАРАДЫ
http://www.winzavod.ru/sobitie/210

Сергей Старостин
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/25/
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2010年06月25日

今シーズン最後の人形劇

6月24日。朝からひたすら雑務の対応に追われる。なんとか片付けて、近くの銀行に行き、現金を引き出そうとするが、うまくいかない。実は昨日からうまくいかないので心配になる。午前中は面白くないことばかりで終わり、韓国製インスタントラーメンと黒パンのブランチですませ、本をカバンにつめこみ、いつも通り郵便局へ向かう。

今日は5キロぴったりだった。すでに50キロぐらい郵送しているが、いったい何冊の本を送ったのだろう。約束の時間に遅れているので、大急ぎで中央人形劇場へ。頼まれていた写真のデータをガルジェイに渡した。私の書いた文章は「奇跡の劇場」に掲載されることが決定し、秋には発行されるので、その時には雑誌の現物を郵送してくれるという。有難いことだ。

ガルジェイとヴァロージャさんにお別れの挨拶をする。毎年なにがしかモスクワには来ることになるので、今度来るときはまた必ず人形劇博物館に立ち寄ることを約束する。アルハンゲリスクやドム以外にも知人がたくさんいる場所が増えたことはたいへん嬉しいことである。

夜のお芝居まではまだ時間があるので、劇場から近くにあるモスクワ現代美術館に行く。モスクワのMOMAと言われているところである。アレクサンドラ・エクステル展が開催されていた。実はエクステルに関してはそれほど思い入れがある訳ではなかったのだが、今回の展覧会を見て、エクステルが本当にすばらしい芸術家だったということを再認識した。アヴァンギャルド時代の作品はもちろんいいのだが、1930-40年代の仕事がとてもいいのだ。特にアナトール・フランスの『血のミステリア』(1941)やランボーの詩集の挿絵とブックデザインがすばらしかった。これらを見てから若いときの衣装デザインを見直すと、また面白い。

エクステル展を観た後で、同時開催されているチモフェイ・パールシチコフの「サスペンス」展を観た。決して悪くないし、展示の仕方も考えてある、やはりプロの作品である。しかし、なぜかつまらない。凝った展示などせずに、写真そのもので勝負すればいいのにと思う。たぶん、エクステルの生の作品を観た後なので、変に加工された写真の展示が人をだましているような感じに思えてしまったのだろう。

美術館の売店を覗くと、ああ、いけない。もう本は買わないと思っていたのに、ここでもお宝の山である。全部入手したい気持ちをぐっと抑えて、「ロシア・アンダーグラウンドのパンテオン」展のカタログとプリゴフ追悼展のカタログを買った。すごく重くて約1万円。プリゴフ展の方は、これで最後の1冊ということで、たいへん有難い。

再び中央人形劇場へ。今シーズン最後の芝居は「めずらしいコンサート」である。先日のチチコフを観て人形劇が気に入ってしまったマーシャも来ていた。理事のルチンさんの舞台挨拶もあった。座席はほぼ満席。みんなこの芝居が好きなんだなあ。実際、これは何度観てもあきない、すばらしい作品だと思う。初めて観たときも感動したが、舞台裏も観て、3回目の今日は、細部のさまざまな工夫まで注意して観ることができて、ますます面白く観てしまった。

上演中は笑いと拍手が絶えない。こんなに人を幸せな気持ちにさせてくれる人形劇がロシアに、いやこの世にあることに感謝したい。

中央人形劇場とはしばらくお別れである。またきっと何度も来ます。有り難う。有り難う。

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Московском музее современного искусства
http://www.mmoma.ru/

Александра Экстер «Ретроспектива»
http://www.mmoma.ru/exhibitions/petrovka/aleksandra_ekster_retrospektiva/

Тимофей Парщиков. «Suspense / Саспенс».
http://www.mmoma.ru/exhibitions/petrovka/suspense/

Необыкновенный концерт
http://www.puppet.ru/?pageId=59
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2010年06月24日

お宝を頂戴する

6月23日。目が覚めたら、視界がぼやけている。へんだなあと鏡を見ると目が真っ赤に充血している。昨日、気づかないうちにタバコの煙を浴びていたのだろうか。帰宅してから怪しい生ビール(クワスにアルコールが入っているような味だった)を飲んだせいかもしれない。でも、気持ちは悪くない。昨日の演奏がとても楽しかったからだ。瞬間、瞬間に新しい何かが開かれていく、その連続をはっきりと感じながら演奏できたことがとても嬉しい。ロマンもそう感じたらしく。同じような感想をブログに書いていた。

枕カバー、パジャマ、その他を洗濯し、定番のお粥を食べ、ゴミを出し、雑務のメールをたくさん書き、やっと出かける。今日も中央人形劇場である。人形劇博物館のいつもの机にたどり着くと、びっくりした。DVD8枚と「奇跡の劇場」のバックナンバーが置かれている。ヴァロージャさんがやってきて、さあ、これで資料は全部揃えたぞ、とのこと。いやあ、有り難うございます。本当に大事な資料です。感謝、感謝です。

ガルジェイが自分でつくったというインド風のお好み焼きをごちそうになり、お茶を飲んでいると、Hさんがやってきた。昨日ポスターを頼んでおいたから貰いましょう。私はほんの数枚でいいけど、あなたは全部いるでしょう。はい、はい、もちろん。頂けるものは何でも頂戴しますよ。

エリザヴェータさんがポスターを2枚ずつ収納棚から出してくれる。今まで観てきた人形劇の他に、まだ観ていない、いつか観たいと思っている人形劇のポスターもあれば、もうレパートリーからはずされ、二度と上演されないかもしれない古い劇のポスターもある。全部で20枚以上頂戴した。こんなにたくさんの宝物を下さって、感謝申し上げます、と言うと、エリザヴェータさんも、そうでしょう、そうでしょう、と何度もうなずいていた。ほんの数枚と言っていたHさんも結局、全部のポスターを貰っていた。

たくさんのお宝を抱えて、人形劇場を後にする。そのままトヴェルスカーヤ駅近くまで歩き、ノヴォジェルという店を探す。あった。本屋だとばかり思っていたのだが、実は現代アート系のアクセサリーや小物を売っている店だった。そして、ここにずっと探していた本があった。「フドージェストヴェンヌィ・ジュルナール(Moscow Art Magazine)」である。どこの本屋でも必要なバックナンバーが見つからず、困っていたのだが、この店にはバックナンバーがたくさん積んである。すっかり嬉しくなってニコニコしていたら、店番のおばさんが、こんなのもあるのよ、と次々と品物をすすめてくれる。といっておしつけがましいところがなく、好感が持てる対応である。背中にトンボの羽をつけて空を飛んでいるデブ猫の絵をあしらった小物入れが妙に気に入って、買ってしまった。800ルーブル。雑誌より高いが、まあいいだろう。

そのままファランスチェールに直行する。ネットショップで売っていないのに、この店にある本がどうしても気になっていたからだ。よかった。まだ売れ残っていた。『ロシアの詩。1950-2000』分厚い2巻本。しめて1,000ルーブル。これは安いと思う。人形劇場の資料と雑誌とこの本と合わせて10キロぐらいになってしまった。気温は28度を越えている。汗だくで歩き、地下鉄に乗り、腰痛を心配しながら、なんとか帰宅。

一休みして、ビデオカメラを持ってまた出かける。モスクワ滞在も残りわずかなので、見れるライブは全部観ようと思う。ドムに到着。

今夜のライブは「騒音と凶暴」という2日間のフェスティヴァルの第1日。エレクトロニクス、ノイズ系のグループが3つ演奏する。ボリーソフがいたので、挨拶する。彼も出演するという。今日の企画は彼によるものらしい。自分の後継者である若手たちを集めての企画である。

タイトルからして、ものすごくうるさくて、感覚が麻痺して気持ちよくなるトランス・ミュージックだろうと覚悟を決めていたのだが、始まってみると意外なほどうるさくない。私は疲れると、まず耳がよく聞こえなくなる傾向にあるので、そのせいかもしれない。

最初のデュオが黙々と演奏する。出す音のパターンが大体30種類ぐらいで、その組み合わせだけで展開するので、すぐに飽きてしまう。演奏している当人たちはきっと楽しいのだろうけれど、これじゃあ全然「凶暴」じゃあないぞ。途中でビデオ撮影もやめ、うとうとしてしまう。

次のグループはコンピュータ(MacBook)、エレクトロニック・ドラム、ヴォーカル(詩の朗読)のトリオ。最初は朗読が面白いなあと思って聴いていたのだが、格好をつけて演奏しているドラムはたいしたことないし、コンピュータの出す音もそれほど面白くない。バックで流されている映像はそれなりにいいので、そればかり観ていた。しかし、このグループも途中でビデオをストップ。お願いだ。もっと過激な音の連続を聞かせてくれ。

3つめのグループでボリーソフが登場。中年のロシア男性にしてはとてもスレンダーなボリーソフがサングラスをかけてエレキを弾き始めると滅茶苦茶カッコイイ。最近いつも一緒に演奏している女性のドラムもパワフル。これにどろどろしたベースも加わる。ボリーソフがこんなに続けてしっかりロックしているのは初めて聞いた気がする。

と、ここでどこからかタバコの煙が漂ってくる。気持ちよくなったお客さんが禁煙のフロアーでタバコを吸い始めたらしい。こりゃかなわん、とドムを飛び出した。

そう言えば、今日のお客の年齢層は低かった。タバコ吸いの若者とは絶対につきあわないぞ。

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Что творилось, что творится
http://ramesh-satori.livejournal.com/106028.html

Журнал «Театр Чудес»
http://www.puppet.ru/?pageId=10

Шум и Ярость
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/23/

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2010年06月23日

日米露トリオ

6月22日。腰痛で目が覚める。一昨晩のダーチャのベッドが原因だ。慣れない寝床で寝ると必ずこういうことになる。今日は大事な日なので、いろいろ姿勢を変えては身体を休ませようと努力するが、今度は暑くて眠れない。相当気温が上がっているらしい。仕方なく、起きて朝食を取り、荷物の整理を始める。

中央人形劇場でお芝居の度に買っていたプログラムがかなりの量になっていた。その他いろいろなパンフレットやチラシがたまっている。どれも大事な資料だ。明日あたり中央人形劇場でまた大量に資料をもらうはずなので、このあたりのものも片っ端から郵送することにした。そして本と合わせて大体5キロぐらいになったところで、いつも通り郵便局へ向かう。

いつもと同じ女性が窓口にいて、なんとなく顔を覚えられている気がする。今日もすんなりと手続きが終わり、とても気持ちいい。郵便局に来るまで重い荷物のせいで腰がずっと痛かったのだが、荷物がなくなった途端に楽になった。そこで、駅の近くの店を物色してCDケースを探した。CDショップを覗いたが見つからない。ひょっとしてと思い、携帯電話の店をいくつか探したら、1個だけ見つかった。チョンマゲをつけたドクロの絵で「加勒比海盗」と書いてある。どんな意味なの分からないが、とりあえずCDが24枚収納できるから、それでよしである。値段は約500円。日本の100円ショップの有り難みをこんなところで感じる。

再び家に戻り、一休みしてから楽器の準備をする。今日は初顔合わせのミュージシャンとの演奏なので、緊張する。アメリカの Ed Sarath である。エドはフリューゲルホーン奏者でミシガン大学教授。ジャズ・現代即興学科で教えている。そして、国際即興音楽協会の会長である。日本ではほとんど知られていないが、彼のWebサイトを見ると、なんだかすごい人だということが分かる。こんな人と一緒に演奏したら怒られるのではないかと心配するが、今回の企画はロマン・ストリャールなので、ちゃんと考えての上での組み合わせなのだろう。そう、もう一人の共演者はロマンなのだ。日本、ロシア、アメリカの3人での国際トリオという訳である。なんか、すごいなあ。

5時半に家を出て、クラブ・マスチェルスカーヤに行く。もう4回目なので、すっかり場所を覚えてしまった。店の奥でロマンが待っていた。いやあ、元気?とハグする。やっぱり巨体である。ロマンの隣に若い女性が座っていた。ノヴォシビリスクの音楽院時代のロマンの教え子で、今は卒業してモスクワで歌手として働いているそうだ。そうか、ロマンも先生だったのだ。ということは今日は日米露の先生トリオでもある。

オリガが来て、発音のいい英語でエドとおしゃべりを始める。途中フランス語で電話がかかってきたために、何語をしゃべっているのわからなくなって、混乱し始め、オリガはしきりに謝る。さて、開演という段階になって、ロマンが言う。「今日は完全即興で、お互い状況次第でソロ、デュオ、トリオと適宜演奏しよう。時間は1時間で。それじゃあやりましょう。」 はいはい、望むところだ。

最初はトリオで、ロマンがまずメロディーを弾き始め、それに合わせてエドが軽く音を出す。少し遅れて私も吹く。お互いの音をよく聴きながら、音を探り、どんな方向に向かうのか分からないまま、どんどん先に進んでいく。エドの演奏はとてもナイーブで決して大きい音を出して感情的にならない。パワープレイではないだけに、一音一音大切に吹かなきゃいけないなあ、と思いつつもやはり暴走しがちな私なので、とにかくよく聴くことに徹する。

トリオ2回、デュオ2回と短い曲が続き、ロマンのソロ、エドのソロと続く。エドのソロがしみじみとよかったので、次の私のソロでは、思い切り暗く吹いた。これが結構受けていた。そして、さらにトリオで2曲。ロマンが意識的に変なことをするので、その都度、曲の流れがどんどん変わって面白い。最後は陽気な曲できれいに終わった。お客さんが10名ちょっとだったので、アンコールはなかったが、みなさん帰り際に有り難うと言ってくれたので、きっといいパフォーマンスだったのだろう。ロマンもエドも私も演奏後にとても満足して、3人で記念写真を撮った。

エドは明日、国際会議があるので早めにホテルに帰って休みたいと言う。モスクワ滞在中にもう1回どこかで会おうということでお互いメールで連絡することを約束し、エドは先に帰った。ロマンと二人の若い女性、私の4人で演奏後の食事をする。さて、そろそろ帰ろうかというところにチェルカーシン夫妻がやってきた。開演時間を間違えたらしい。

ナターシャ&ヴァレーリイ・チェルカーシンに会うのは5年ぶりだろうか。頻繁に国外に出て作品制作や展覧会をしているので、なかなか会えなかったのだ。今回も27日からモスクワを留守にするというので、その前に彼らのアトリエに行くことにした。

今回のモスクワ滞在では、結局6回ライブをやったことになる。短期間にこんなに演奏させてもらえて、実に有難い。もう、こんなことはないのだろうなあ。

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Ed Srath
http://www.edsarath.com/

Roman Stolyar
http://rstmusic.narod.ru/
http://rstolyar.kroogi.com/

Ed Sarath – Masami Suzuki – Roman Stolyar: клуб "Мастерская", 22 июня
http://community.livejournal.com/jazz_ru_afisha/263220.html
http://www.lookatme.ru/cities/moscow/events/116387
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2010年06月22日

ダーチャでバーニャ

6月21日。モスクワから約200キロ。カルーガ州のチェーホフ市から車で20分ほどのところに到着。ヴァジムのダーチャ(別荘)である。深夜なので、周囲の様子は分からない。とにかく、全員(おじさんが4名)で夜食である。黒パン、ソーセージ、チーズ、トマトを食べ、ビールを飲む。ヴァジムの父上が最近亡くなったということで、故人を偲んでスピーチがあり、強いお酒を飲み干す。おお、きつい。昨日の昼から何も食べていなかったのひどく空腹で、どんどん食べて、どんどん飲んでしまう。

全員できあがったところで、就寝である。ヴァジムのダーチャには4つの建物がある。その中でもいちばん小さい建物に連れて行かれる。六畳一間ぐらいのスペースに二段ベッドが置いてある。レートフが上、私が下に寝ることに。枕がおもちゃみたいに小さくて、これじゃあ絶対熟睡できないと確信するが、とにかく疲れていて眠いので、下着だけになって寝た。

おお、やはり首も肩も腰も痛い。何度も目が覚めては寝返りを打ちながらまた寝るが、尿意に耐えられず、起きる。午前11時である。レートフはまだ寝ている。

鳥の声、虫の羽音、風の音、風にそよぐ草の音しか聞こえない。なんという静けさ。気持ちいい。もう一人のセルゲイはすでに起きていた。おはよう。顔を洗いたいのだけれど、どうすればいいのでしょう。ヴァジムも起きてきて、井戸へ連れて行ってくれる。ロープのついたバケツを井戸に放り込み、水をくむ。冷たくて気持ちいい。

レートフも起きてきて、朝食である。パンとチーズとお茶。驚くほど簡単で少ないが、私にとってはちょうどいい朝食が終わると、二人のセルゲイと近所に散歩に出た。森を抜け、川沿いをのんびり歩き、どこまでも続く麦畑を眺める。昔ここは独ソ戦の戦場だった。10万人の兵士が戦い、死んでいった、という話をレートフが聞かせてくれる。血にまみれたその土地が今では別荘地ですか。すると今朝の井戸の水にもその残滓があるかも、などと思って背筋が寒くなる。

デコボコ道の向こうから自転車に乗った親子がやってくる。別荘建設用の資材を載せたトラックとも2台すれ違った。気温はますます上がり、レートフはシャツを脱ぎ、上半身裸になる。二人のセルゲイの肌はみるまに赤くなっていく。

1時間半以上歩いただろうか。別荘地帯の森をぐるりと半周して反対側の入り口にたどりついた。ダーチャに着くと、ヴァジムは草刈りをしていた。ヴァジムは働いて稼いだお金を全部ダーチャ建設にそそいている。彼の土地には父上が建てたソ連時代の典型的な掘っ立て小屋のダーチャ。次にヴァジムが自分で初めて建てた来客用の小さなダーチャ。つまり私が寝た建物。次に建てたのが、2階建てで、バーニャもある本格的な建物である。4つ目はいま建設中で、3つ目よりもさらに大きい。

ヴァジムがバーニャの用意を始める。建築現場から集めてきたらしい廃材が燃料である。バーニャ(ロシア式の蒸し風呂)は本格的なつくりで、窓と温度計も付いている。中で使う水を井戸でくむ。最初はうまくいかなかったのだけれど、やり方のコツが分かって、なんとかバケツ6つが水で一杯になり、これをバーニャの中に運んだ。ヴァジムは屋根裏から白樺の枝の束を持ってきた。

おじさん4人は素っ裸になる。例によって風呂用の帽子をかぶり、4人で蒸し風呂の中へ。中は木のベンチが2段になっていて、全員上の段へ陣取る。4人でいっぱいのスペースである。熱せられた石に白樺の束につけた水をかけると一挙に暑くなる。これまでの経験では、こんなとき必ず男同士のいかがわしい話になるのだけれど、今日はみんなまじめに静かに風呂を満喫している。

十分汗をかいたところで、外に出て水を浴び、一休み。そしてクワス。レートフは暖かい紅茶。さらに2回目の風呂。またしばらく汗を流し、再び一休み。そしてクワス。この繰り返しが好きだ。そして3回目。ヴァジムが白樺の枝の束にお湯を浸し、その束で寝そべった私の背中や脚をマッサージするように優しく叩いてくれる。すごく気持ちいい。そして、また水を浴びて一休み。

私はいつも3回と決めているので、ここで最終段階だが、他の3名はさらに2回入っていた。みんなバーニャが大好きなのだ。誰も見ていないから構わないけれど、スッポンポンのおじさん4名がだらだらと蒸し風呂に入っている姿はなにやら滑稽でさえある。いや、平和である。私も頭が完全に馬鹿になってしまったので、レートフのヌード写真まで撮ってしまった。

しばらく、だらだらと休み、服を着たところで、次はバーベキューだ。ヴァジムが火をおこし、二人のセルゲイがせっせとシャシリクの用意をする。こういう時おじさんはなぜか一生懸命になってしまう。私はお客さんなので、面倒くさいからただ見る側なのだけれど、せっせと肉を串に刺しているレートフの姿はやはりおかしい。

午後7時、豚肉と鳥肉のシャシリク(串焼き)は無事に出来上がり、ビールで乾杯である。久しぶりの肉らしい肉。久しぶりの動物性タンパク質はやはりとても美味しい。しかし、すぐにお腹が一杯になってしまう。なんでだろう。目は食べたがっているのだけれど。

ロシア人3名の食べっぷりがすごい。ディルやタラゴンなどの香草と一緒に肉をガシガシ食べる。キュウリとトマトもワシワシ食べる。よく見ると、3名ともウエスト100センチは越えている。メタボもいいところで、いや、この言葉もロシアには存在しないのだろう。これぐらい脂肪をつけないと寒い冬を乗り越えられないのはよく分かるけど、そうしてコーリャもヴァロージャもみんな早死にしたんじゃないか。なんて話をしても興ざめなので、私も食べ過ぎを承知でさらに肉を食べる。

結局3キロ以上の肉は4名では食べきれず、残りは生ゴミとなるのだが、とにかくよく食べた。食後は全員ゆったりと過ごし、ダーチャを後にした。高速道路をとばして、モスクワに着いたのは午後11時。クラスノグヴァルジェイスカヤ駅から地下鉄に乗り、帰宅したときには0時になっていた。

バーニャ体験は4度目だが、はじめてロシアのダーチャを満喫した一日であった。
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チチコフ再び

6月20日。職場関係の仕事やその他いろいろたまっている仕事をしているうちに一日が過ぎていく。よんどころない事情というやつで、他人のわがままにつきあわざるをえなくて自分の時間が奪われることが悲しい。世の中は相身互い、袖振り合うも多生の縁と言うではないか、それぐらい大目に見なさいと怒られそうだが、私はそんなに立派な大人じゃありません。

結局4時半に家を出て、いつもの駅に向かう。アンジェラとその友だちのマーシャが待っていた。二人とも日本語ができるのだが、ロシア語で世間話をしつつ、中央人形劇場に向かう。意外なことに二人とも中央人形劇場に行くのは初めてだという。アンジェラもマーシャも生まれてから少女時代をシベリアの町で過ごしたからだ。モスクワにも就職してやってきたのだから、それほど多くの劇場に通っているわけではない。そうしてみると、生まれながらのモスクワっ子というのは恵まれているのだな。

今日は「チチコフのためのコンサート」である。私は2度目だが、アンジェラたちは初めての人形劇体験だ。いったいどんな反応を示すのだろうかと興味津々。

やはり面白い芝居である。かつて小説(翻訳)で読んだ『死せる魂』はそんなに面白いと思った記憶がない。いや、面白いところはたくさんあるのだけれど、『ディカーニカ近郊夜話』その他の短編に比べると、なんとなく冗長な感じがして、再読しなかったのだ。ところが、今回この芝居を2回見て、『死せる魂』がこんなにも笑える面白い話だということを知った気がする。今度は『死せる魂』を原文でちゃんと読まなければ、と反省した。

一方、若いロシア女性2名は、終始ケラケラ笑いながら見ていた。終演後の感想は、ものすごく面白くて、人形劇がこんなにすばらしいものとは知らなかった、ということである。そうでしょう、そうでしょう。

しかし、今回も休憩時間を入れて4時間の芝居である。疲れたし、アンジェラは終電が早いしで、全員すぐにお別れである。

さて、実は私はこれからが本番で、地下鉄に乗るとそのまま終点のマリイノに向かった。出口でレートフともう一人のセルゲイが待っていた。そのまま浄水場の上にあるレストラン「白鳥」へ。カラオケ・レストランで、先ほどまでレートフたちもカラオケをやっていたという。このレストランで働いているPAのエンジニアでベーシストのヴァジムが店から出てきた。これから必要なものなど3人が相談し始める。

すぐそばのスーパーで肉、野菜、ビール、パン、チーズ、その他を買い、ヴァジムの偽トヨタ中国製ジープに乗り込んだ。これから約200キロ先の目的地に向かって出発。すでに深夜0時を過ぎている。

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Концерт для Чичикова с оркестром
http://www.puppet.ru/?pageId=137
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2010年06月20日

人形ギャラリー

6月19日。9時に一度起きるが、身体が重くまた寝てしまう。今日はなんだか楽しい夢を見た気がして、11時過ぎに再び目覚める。今度はすっきりしている。いくつか調べものをしながら簡単に朝食を済ませ、いつも通り本を抱えて、いつも通りに郵便局へ。今日は多く持ってきすぎた。5キロをかなりオーバーしている。5キロ以内におさまるように調整したら、5冊も余ってしまった。

5冊とはいえ、カバンがかなり重い。このままでは確実に腰痛になるので、一端家に帰ることにした。途中でトイレットペーパーがきれかかっていることを思い出し、いつものスーパーに立ち寄り、サクランボのジュースと一緒にトイレットペーパーを買った。家でしばし休憩し、水分を補給。新しいトイレットペーパーがあるので、ゆっくりとトイレも済ませる。一端帰ってきてよかった。

再び地下鉄に乗り、オクチャーブリスカヤ駅へ。今日の目的地は中央芸術家会館である。ゴルドフスキー氏が推薦してくれた人形ギャラリーがそこにあるのだ。中央芸術家会館はトレチャコフ美術館新館と同じ建物にある。もう何度も来ているところなので、お気に入りの散歩コースのようなものだ。

中央芸術家会館に入ってすぐ、入り口の近くにヴァフターノフ人形ギャラリーはある。今は家族向けの企画ということで、可愛らしい人形ばかりが展示されている。アクの強い作品はまったくない。しかし、いいコレクションである。子どもと一緒に来たら、きっとよろこぶだろう。雑誌「人形の世界」の最新号も2冊あった。買おうと思ったが、ここに来るまでに腰が痛くなっていたので、次回にする。

とにかくまた来ることにして、ついでにいくつかの展覧会を見て回る。いい作品がたくさんあった。驚いたのはスタス・ナミンの絵である。え?あのロック・シンガーがこんな絵を描くの? 同姓同名の画家なんだろうか。まだ確かめていないが、ハイパーリアリズムのすごい絵である。同じギャラリー企画でドミトリイ・サンジエフとジャムソ・ラドナーエフの作品もあり、どれもとてもよかった。

ニコライ・ブローヒンというペテルブルグの画家の大規模な展覧会もやっていた。とにかくうまい。とにかく量産している。とにかく分かりやすい絵である。きっと、かなりの人気作家である。タブローって、これだからずるい、と思う。嫉妬である。

1930−70年代に公式芸術の世界で数々の作品を残した画家たちの展覧会もあった。これが予想以上によかった。絵は結局、見る人の好みによって個別の価値が生じるのだけれども、私個人の好みではどれもとてもいい絵なのだ。美術史に残るとか、美術市場にのるとか、そういうことではなくて、ああ、この絵を手元に置きたいな、と個人的に思う作品が結構あるのだ。非公式芸術を考える上で、こうした公式芸術の人々のこともしっかり把握しておかなければ、偏見に満ちた研究になってしまいかねない。気をつけなければと反省しきり。

エヴゲーニヤ・インフェリツィーナという若い作家の個展があった。下手クソである。いえ、ヘタウマである。いや、独自の世界である。いいえ、もう単に気に入ってしまった。たまたまカタログも売っていたので、買ってしまった。800ルーブル。ちょっと高い気もするけれど。惜しくは感じない。

もう一度、人形ギャラリーをのぞき、人形たちをながめる。幸福な光景である。来週は違う企画になるはずなので、また必ず来ることにしよう。

ノヴォクズネツカヤへ向かう。ドムの上にある人形ギャラリーに立ち寄ろうと思ったのだ。しかし、ドムは閉まっていた。なぜだ。確かに今日はライブがない日だが、間が悪かったのか。仕方がないので、記憶を頼りに Ad Marginem へ向かう。しかし、まったく見つからない。どうやら移転したらしい。またも仕方ないので、もう腰も痛くてしょうがないし、家に帰ろうと思ったところ、近くにCDショップがあることを思い出したので、探してみたら、これはあった。品揃えは豊富。ジャズ・コーナーも充実している。しかし、肝心のロシアのジャズがないのだ。なぜだ! こんなにアメリカのものはたくさんあるのに、その上「日本製」コーナーまでわざわざ設けているのに、なぜ自国の音楽をないがしろにするのだ! こういった状況はこのCDショップだけではないので、仕方ないと言えば仕方ないことなのだろう。消費者のニーズに合わせて商売をするのが当然なのだから。

代わりにアニメーション「月への飛翔」のDVDを見つけた。さらに「アニメ・ガイド」シリーズもあった。日本のアニメを紹介するDVD付きの雑誌である。しかも安い。SAMURAI7 と鬼塚の入った号を買った。もうすでに30号以上発行されているらしい。お金に余裕があったら、バックナンバーも買おう。

脈絡のない展開だ。人形愛好家やアニメのオタクにもそのうち会う機会もあるだろうけれど、今日はとりあえず疲れたので帰ることにしよう。

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Кукольная Галерея Вахтановъ
http://www.artdolls.ru/

Галерея «Ханхалаев»
http://www.khankhalaev.com/

Евгения Инфелицина
http://www.infelicina.com/
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2010年06月19日

ART4.RUとマラー/サド

6月18日。タバコの煙に包まれて目が痛くてしょうがない夢を見て、朝早く目が覚める。こうなると、もはや病気である。たぶんこの2ヶ月近くで相当肺が黒くなっているのではなかろうか。

朝食を食べて早く出かけるつもりが、ちょっと横になったらまた眠ってしまった。10時過ぎに再び目が覚め、大急ぎで荷物をまとめ、ゴミ出しをして出かける。今日もまた5キロの本をかかえて、いつもの郵便局へ。窓口の前にまた誰もいない。すぐに郵送の手続きは済み、大急ぎで中央人形劇場へ向かう。

約束の時間に10分遅刻したが、ナターシャさんはまだ来ていない。電車の事故で遅れているという。仕方がないので、人形と一緒に自分の写真を撮ってもらったり、全部撮影の終えた資料をもう一度チェックしたりした。ナターシャさんの到着。そこで、最後に気になっていた人形ビバボについて質問する。オブラスツォーフが子どもの時に初めて手にしたのが日本の人形ビバボだった。その人形の写真とまだ残されているかもしれない人形の頭部を見せてくれと頼んだ。ナターシャさんは頭部がある記憶がないという。しかし、人形の写真は資料の棚からあっという間に探し出してくれた。いつ撮影された写真か分からないのだが、たった1枚残されている。これもまたデジカメで撮影する。

ナターシャさんは明日から夏休みに入り、モスクワを離れる。会えるのは今日が最後である。ということで、ケーキ、キュウリ、チーズ、ウォッカがすぐに用意され、職場でいきなり小宴会が始まる。Hさんとヴァロージャと4人だけの簡単な宴会である。昼間のウォッカはできるだけ避けたいのだが、最後となれば仕方ない。1杯しっかり頂戴する。すぐに頭が熱くなる。ナターシャさんと別れの挨拶を交わし、しばらくして劇場を出た。

歩こうかと思ったが、ウォッカが入った状態では危険なので、一駅だけだが、地下鉄で移動する。文学大学裏の通りをひたすら歩き、先日入り損ねた音楽書専門店に立ち寄る。目的はロマン・ストリャールの新刊本でピアノの即興演奏のための教科書である。しかし、出版社がペテルブルグのため、まだモスクワまで届いていないらしく、書店員もそんな本は見たこともないという。仕方がないので、ジャズ関係の本が置いてある一角を物色する。おお、名著『ソビエト・ジャズ』(メドヴェージェフ編)の古書があるではないか。すでに持っていて何度も参照している本だが、後日買うことにしよう。初めて見る本が3冊あったので、すぐさま購入。楽譜や教科書もたくさんあるが、今回はやめておこう。

書店から歩いて10分ほどのところにあるミュージアム「ART4.RU」に到着。毎週金曜日にしか開いていない現代美術のミュージアムである。オリガが現代美術ならここに行くしかないわよ!と力説していたところだ。彼女のお薦めの通りである。ものすごく質の高い作品群。トレチャコフ美術館新館とこのミュージアムを見れば、ロシアの現代美術のほとんどすべてが把握できるのではなかろうか。とにかく内容がすばらしい。私の大好きなブルスキンの作品もたくさんあり、クリークのコーナーも充実している。いったいこれだけの作品をどうやって収集したのだろう。オーナーの見識の高さをひしひしと感じる。

本の品揃えもいい。ミュージアムのカタログとクリーク展のカタログがどちらも定価の半額だったので、買ってしまう。しめて2,000ルーブル。安いけれど、すごく重い。両手で抱えて持っていこうと思ったらミュージアムのロゴの入った紙袋に入れてくれた。気が利くなあ。ガレージなんかより、断然いい。ここにはまた何度も足を運ぶことになるだろう。

地下鉄を乗り継ぎ、タガンスカヤへ。しかし、駅を降りても地図の様子とまるで違う。道行く人に2回も尋ねて、ようやく目的の場所にたどり着く。タガンカ劇場である。出口さえ間違えなければ、駅を出てすぐの所だったのに、まったく違う出口から出てしまったために、道に迷って大汗をかいてしまった。

受付で尋ねるとレートフがしっかりと3枚の無料入場券を用意してくれていた。しかもとても見やすい席である。感謝。今日の演目はリュビーモフ演出の『マラー/サド』である。2002年にタガンカ劇場が来日し、静岡芸術劇場でこのお芝居を上演した時は、レートフが来るというのでわざわざ稚内から観に行ったのだ。行った甲斐があり、それはそれは面白い芝居だった。それ以来もう一度見たいと思っていた芝居なのだ。

舞台は精神病院。鉄格子の向こうで役者たちが癖のある患者たちを演じる。マルキ・ド・サドがマラー暗殺の劇を書き、それを患者たちが演じるという趣向である。しかもミュージカル。患者たちは歌い、踊る。役者兼音楽担当のミハイル・ジューコフ(パーカッション)、タチヤーナ・ジャ−ノヴ(キーボード)はずっと演奏したままである。レートフはフルート、アルト・フルート、ピッコロ、ソプラノ・サックス、テナー・サックス、バリトン・サックス、バス・クラリネット、ザフーン、おもちゃの笛など、ひっきりなしに持ち替えて、ほとんど休まず吹いていた。アクロバチックな演技の連続。男女の濃厚なダンス、タップ・ダンス。みんなすごく歌がうまい(当たり前だ)。主演女優はバイオリンとトランペットも演奏する。エネルギッシュで、とにかく面白い。見た後でとても元気になるお芝居である。

重い本を抱えているけれど、心は軽い。人を元気にしてくれる美術や演劇がこのモスクワにある限り、喫煙者ぐらいは大目に見てやろう。そう思った矢先に目の前で歩きタバコ。これだけは許し難い。早く帰って芝居を反芻しよう。

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ART4.RU | музей актуального искусства
http://art4.ru/

Марат и маркиз Де Сад
http://taganka.theatre.ru/performance/marat/

posted by masa at 04:58| Comment(0) | モスクワ日記2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月18日

ガレージと念願のチェニ!

6月17日。昨晩は早く寝たので、今朝は早く目が覚めるが、眠気が残っている。蕎麦のお粥をつくるつもりでいたのに、気がついたらロシアの韓国企業が製造販売しているインスタントラーメンを食べてしまう。辛くて目が覚めた。

今日も5キロ以上の本をかかえて、いつもの郵便局へ。窓口がちょうど休憩時間で10分ほど待たされた。小包を5キロちょうどにすると手頃な郵送料になることを知った。今度からは気をつけよう。ちょっと腰痛気味だったので、カバンが軽くなったところで、一度家に引き返し、軽くパンを食べて一休みし、昼のラッシュ時間をさけて再び出かける。

ノヴォスロヴォツカヤ駅から歩いて約25分。今日の目的地チェニを探すが、道を間違えて、なかなか見つからない。通りを1本勘違いしたことに気づき、引き返して、ようやく見つけた。開演時間までまだ2時間以上ある。そこで、予定通り、チェニから歩いて10分ほどのところにあるアートスペースに向かった。

現代文化センター「ガレージ」は2008年秋、カバコフのレトロスペクティヴが開催されて以来なにかと話題のところで、気になっていたのだが、なんとなく行きそびれていた。昨日も雨に降られて行き損なったし、なにか自分には合わない場所のような気持ちになっている。実際、中に入ってみると、なかなかいい空間なのだが、なんだかとっても「アート」ですよという雰囲気が気に入らない。入場料も200ルーブルと決して高くはないのだけれど、ヴィンザヴォートなんかタダだぞ。あ、いえ、200ルーブルは当然でした。マーク・ロスコの展覧会をやっているのだ。

モスクワでマーク・ロスコの作品をまとめて見られるなんて信じられない。しかも、いい作品を展示している。授業でも学生たちには写真で見せているものの、本物はやはりはるかにいい。大きな作品の前に立つと絵の中に吸い込まれそうだ。

ロスコは厳戒態勢の密室空間で展示されていたが、建物の中央で展示されていたのが、カールステン・ヒョーレルの巨大なキノコの作品。複数のキノコを結合させて出来上がった奇妙なキノコが5点。これが意外にかわいいし、見ていて飽きない。ああ、触りたい。

本来の目的であったショップがちょうど改装中で、本がまったく売られていない。5月に開催されていた展覧会のカタログが欲しかったのに…。××も××も買おうと思っていたのに…。仕方がないので、喫茶コーナーで緑茶を飲んで一休み。ソファがとても居心地がいい。ガレージの巨大な空間とキノコたちをぼんやり眺めながら、あまり悪いことは考えないようにだらだらと1時間近く過ごす。お茶代は120ルーブル。普通と言えば普通だが、中央人形劇場のビュッフェの数倍もするので、なんだかやっぱりお金持ちのための場所なんだなぁ、とちょっと不機嫌になってガレージを後にした。たかが本を買えなかっただけで不機嫌になるお客もよくありませんが。

そして、ついに劇場チェニに到着。念願のチェニ。昨年、飯田のフェスティヴァルで来日した時には、仕事が山積みでとても観に行くことができず、ものすごく悔しい思いをしたのだ。日本の公演の時は影絵だったそうだが、今日見るお芝居は、この劇場の中でしか見ることができない。しかも1回の公演で見ることのできる観客数は6名まで。予約は数年先まで一杯で、普通はなかなか見ることができないのだが、今回私は中央人形劇場で調査をしている人形劇関係者であるということで、劇場側がスケジュール調整してくれたのである。もうひとつは劇場のイリヤ・エッペルバウムがリューダと友人で、リューダの口入れもあったらしい。何事も人間関係でうまく進むロシア文化界ならではのことである。

今日の観客はお母さんと二人の子ども、リューダ、すでに何度かチェニを見たことがあるHさん、私の6名。お芝居の前にテーブルにつき、お茶とお菓子を頂きながら、今日のお芝居の主人公たちである小人たち「リリカーン」のお話を聞く。リリカーンたちの来歴が語られ、彼らがなぜ劇場チェニにいるのか、そのお話がビデオ映像で紹介される。そして観客にリリカーンの国へのビザが手渡される。お土産を買いたい人は30ルーブルでリリカーンの国の硬貨3枚に両害してくれる。その硬貨は直径2ミリほど。これをまた小さな宝石箱に入れて、手渡してくれる(この箱は後で返却する)。

ビザとお金を持って奥の部屋に通される。おお! 八畳一間ほどの空間、壁全体にリリカーンの国の地図が描かれている。正面には高さ1メートル50センチほどの劇場。反対側にはリリカーン博物館。リリカーンの本屋でリリカーンの詩集が売られている。これを先ほどのリリカーンの硬貨で購入する。壁に描かれた地図の各所に赤いランプが点灯し、その場所についての説明がなされる。劇場の正面玄関からお客をもてなす食事と飲み物が出てくる。前菜とケーキにジュース。しかもお皿は直径2センチもない。小さな小さな食事と飲み物を頂き、こうして観客は完全にリリカーンの世界にどっぷりである。

劇場の前に椅子が置かれ、6名が座る。リリカーン語は普通誰にも分からないので、同時通訳のイヤホンが渡される。そして劇場の窓から中を覗くのだ。劇場の中央の舞台でお芝居がはじまる。しかも人形劇である。題名は「二本の木、あるいは、うるわしの姫と砂金王のロマンチックな恋、オレンジの木に住んでいる意地悪でずる賢い黄色い小人および愛し合う者たちを引き裂く荒野の残忍な魔女の悲劇的な物語」。この題名の通りの物語である。人形は小さいこと、小さいこと。劇場の観客たちも全員違う衣装と顔。オーケストラもちゃんと動いて、荘厳な音楽を奏でる。次から次へと役者たちが登場。劇場の中の劇場の舞台にさらにまた劇場が登場する。すごい、すごい。

お芝居そのものは45分だが、その前の演出からして懲りにこっているし、芝居の構成、美術がとにかくすごい。人形の演技もすばらしい。あの小さな人形でこんなすばらしい劇的空間をつくりだせるのだ。芝居の後、イリヤ・エッペルバウムとも話すことができた。今回の芝居だけでなく、創意工夫に満ちた独創的な演劇をたくさんつくっている人だということが分かった。

通常の切符代は6,000ルーブルだが、関係者価格で3,000ルーブルと聞いていたので、払おうとしたら、いいえ今回はご招待なので無料ですと言う。ひたすら恐縮する。こんなにすばらしいものを見せて頂いてタダではバチがあたる。せめて少しでもお礼をと言う訳ではないが、これまでの芝居のDVDが3タイトルあったので、全部購入した。

とにかく機会があったら、また何度でも来たい劇場ができたことが嬉しい。

リューダと歩きながら地下鉄駅に向かう。私が一押しの演劇関係者がいるけど会いたい? もちろん。それから娘夫婦と孫が一緒に生活しているから家の中がグチャグチャだけど、それでもよかったら明日遊びに来て。いや、それは私がお孫さんの本来の家にいるから、そうなったのであって、全然気にすることではありません。子どものいる家はみんなそんなものです。喜んで遊びに行きますよ。じゃあ、明日また連絡を頂戴。

駅の近くの日本食の食材店にリューダが案内してくれた。あるある。かなりの品揃え。おせんべいも何種類か。しかし、日本で買う5倍以上の値段。一体誰が買うのだろう。豆腐もある。しかし、これだけいろいろあるのに、なぜか納豆だけがないのよ、私は納豆が食べたいのに!と嘆くリューダ。今度モスクワに来るときは納豆の作り方を書いたものと藁を持ってきてあげよう。

リューダと別れた後、久しぶりにロスチクでチキンカツバーガーとビール。たまに食べる肉がおいしいと感じるのだから、タンパク質が足りていないのかもしれない。明日は大豆の缶詰を買おうと思う。

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Центр современной культуры «ГАРАЖ»
http://www.garageccc.ru/

Марк Ротко: В неведомый мир
http://www.garageccc.com/exhibitions/13065.phtml

Гигантские трехчастные грибы
Карстен Хёллер
http://www.garageccc.ru/exhibitions/13621.phtml

Театр "ТЕНЬ"
http://tttttttttt.ru/

ДВА ДЕРЕВА или ТРАГИЧЕСКАЯ ИСТОРИЯ
http://tttttttttt.ru/index.php?id=190

LILIKAN`S MUSEUM of THEATRICAL IDEAS
http://tttttttttt.ru/index.php?id=102
http://www.metacafe.com/watch/2275131/lilikan_s_the_great_royal_academic_theatre/

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2010年06月17日

雨の中くじける

6月16日。目が覚めたら、目がものすごく痛い。昨日のタバコのせいだ。目を水でじゃぶじゃぶ洗い、目薬を点眼。憂鬱な気分のまま蕎麦のお粥をつくり、黙々と食べる。

日本から持ってきた仕事がいくつかあり、それを黙々と片付けているうちに昼過ぎ。外はすっと雨である。出かけるのが面倒くさい。ガルジェイからメールが届き、昨晩送った原稿のファイルは無事に開き、読めたそうだ。そうすると、今日も劇場に行かなければならない。

本をカバンと手提げにつめて出かける。またトゥルゲーネフスカヤの郵便局へ行く。今日も窓口には誰もいない。珍しいこともあるものだ。全部で重さが6キロ近くもあった。郵送料は約7,000円。うーん、ちょっと痛いところだ。しかし、仕方ない。ネットで買ったらもう少し高くつくので、まだましだ。

中央人形劇場に着くと、案の定、ガルジェイが私の原稿を手直しして待っていた。いかにもロシア語の手堅い表現に直してくれていて、ひたすら恐縮する。なぜ自分はこのようなロシア語をすらすら書けないのでしょう、ああ、情けない、とガルジェイに言うと、大丈夫、大丈夫、本当に微妙な違いなんだから、それより僕が文章を直したせいで意味が違っていたりしない? いいえ、もう十分すぎるくらい立派な文章です。ああ、ネイティヴがいつも身近にいてくれたら、どんなにいいことだろうとあらためて思う。

昨日スキャニングを頼んでおいた画像データをもらい、劇場を出た。ちょうど雨もあがったので、さて、中央芸術家会館に行くか、それともガレージに行くかで迷った末、明日行くチェニが近くなので、その場所を確かめるついでにガレージ(ギャラリ−)に行くことにした。初めての道なので、心許ない。あと10分ほどで着くかなというところで、一度やんでいた雨がまたポツポツ降り出し、すぐにどしゃ降りに。軒下に飛び込み様子を見るが、すぐにやみそうもない。すっかりやる気をなくして、もう帰ることにする。傘をさし、歩くが、靴がすぐにびしょびしょになる。ノヴォスロヴォツカヤ駅に着いたときには、膝から下がずぶ濡れになっていた。

いつもの駅に帰り着き、いつものスーパーに行く途中、気になっていたDVDショップに立ち寄った。「罪と罰」の連続テレビドラマとなにやらB級のSF映画を見つける。そしてアニメ・コーナーを見ると、おお、日本のアニメが山のようにある。しかし、ワンピース以外は知らないアニメばかりだ。うーん、私は時代についていけていないのか。いちばん欲しかったDETH NOTE が見つからなかったので、結局、XXXHOLiC とセイラームーンSを買った。絶望先生もあったが、また今度にしよう。近所に意外に面白い店があったのが、今日の一番の収穫か。

帰宅時間が早い分、夕食も早くすみ、いろいろな雑事もいっぺんにこなせて、平穏無事な一日でよっかた、よかった。
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2010年06月16日

サックス・マフィア

6月15日。今日は夜が長いので、それに備えて力を温存しなければならない。あれこれと考えているところに電話。劇団チェニからだ。お芝居を見せてもらえる日程を調整中で、いくつか都合のいい日について答える。また連絡をくれるとのこと。うまくいくといいのだが。

いちばん重い展覧会図録と数冊の雑誌を持って出かける。いつも利用するトゥルゲーネフスカヤの郵便局に向かう。窓口に誰も並んでいない。珍しい。本は全部で2,587グラム。船便で郵送料は761ルーブルだった。まあまあか。おそらく残りの本を全部船便で送っても2万円ぐらいかかるだろう。

中央人形劇場に行き、残りの資料を撮影する。2箱もあるのに、中身はほとんど同じチラシ等。50枚程度の撮影で無事終了。これで関係資料のすべてを撮影したことになる。めでたい。後はいくつか補足的な仕事が残っているだけだ。

例の原稿のデータをガルジェイに渡す。ワードでファイルを開こうとするが、文字化けしてしまう。文字コードに問題があるらしいのだが、よく分からない。帰宅したら、いくつか別の形式のファイルにして電子メールでガルジェイに送ることにする。

仕事を早く切り上げ、いったん家に帰る。今朝の残りのカレー・スープを食べる。お腹いっぱい。メールのチェック、楽器の用意などしているうちにでかける時間になる。今日もまたプロジェクト・オギだ。出演はサックス・マフィア。そして私もゲスト出演するのだ。開演は10時。帰りの地下鉄がとても心配。

オギに着いたら、詩の朗読会をやっていた。ものすごく見たいのだけれど、ちょっと覗いたら、タバコの煙がモウモウと霧のようにたちこめている。背筋が凍る。中は見えないが、出口付近の風通しのいいところに腰掛けて、朗読の声だけ聞く。面白いなあ。その出口付近でも若者たちがぷかぷかタバコをふかしている。しんどい。

朗読会が終わり、ライブの開演予定時間まであと20分。中に入るとまだ煙い。エドゥアルド・シフコフが声をかけてきた。1年ぶりだ。もうみんな楽器を中に入れてある、ステージ左横だよ。はいはい、私も準備します。もう一人のメンバーであるニコライ・ルバーノフにレートフが紹介してくれる。でかい人だなあ。

その巨漢のルバーノフはバス・サックス、テナー・サックス、ソプラノ・サックス、バス・クラリネットを吹く。シフコフはバリトン・サックス、テナー・サックス、アルト・サックス、レートフが今日はバリトン・サックスとC管サックスである。サックス・マフィアのプログラムはしっかりとできている。と言ってもテーマと大体の構成だけで、あとは全員即興である。バス・サックスとバリトン・サックスで3人が一度に演奏するところが何度もあり、これがなかなかの迫力だ。ルバーノフはバス・サックスをばりばり吹くだけでなく、テナーもソプラノも抜群にうまい。そのうえバスクラもすごい。

もちろんシフコフもレートフもばりばりである。トリオで1時間近く吹きまくっていた。なんて体力なんだろう。といったところで、私が呼ばれる。私がソプラノ・サックスを吹き始めると、待ってましたとばかりに3人がバスとバリトン・サックスを思い切り低温で囂々と吹きまくる。そうきましたか。こちらもひたすら吹きまくる。そのまま最後までいってしまい、終わるとお客さんは結構喜んでいた。では、もう一曲。今度は、レートフとのかけあいをしながらの即興で、へんてこな曲で面白かった。お客はもっとやれという。じゃあ、と4人で顔を見合わせて、今度は4人全員がまったく別々のメロディーを吹くという展開。合っているような合っていないような、これはこれでとても面白いセッションだった。

あれだけ全力のステージをした後で、私も入れてさらに3曲演奏してしまうサックス・マフィアの底力には驚嘆した。ルバーノフはペテルブルグ、シフコフはヴォログダ、レートフはモスクワに住んでいるので、サックス・マフィアのライブはそう多くはない。今回の演奏は1年ぶりということなので、一緒に演奏させてもらえたのは本当に幸運なことである。

楽器の数が多いので、みんな片付けが大変だ。私は終電が心配なので、先に失礼することにした。知り合いが酔っぱらっている。今度のライブはいつだというので、22日の予定と言うと、よし絶対に行くぞとのこと。はいはい、是非来てください。私はとにかく帰ります。終電は1時だからまだ大丈夫だよ。ごめんさい、不慣れなので、失礼します。おやすみなさい。

外は雨。急いでいるので、傘をささずに駅へ。車両に飛び乗り、一息つくと、体中ものすごく臭くなっていることに気づく。ああ、タバコが。

帰宅するなり、ファブリーズをかけまくり、シャワーを浴びて、水を飲み、やっと落ち着く。メールをチェックすると、チェニからの返答。17日ならお芝居をみせてくれるという。おお、やった。ちょうど都合のいい日だ。不快なタバコのこともすっかり忘れていた。

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САКС-МАФИЯ в проекте оги на Потаповском
http://sergey-letov.livejournal.com/58222.html

САКСОФОННАЯ МАФИЯ
http://www.letov.ru/sax-mafia-1.html
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2010年06月15日

サインホ・インタビュー

6月14日。こう毎日寝汗をかいていてはそのうちベッドが腐ってしまうのではないかという恐怖感にかられる。もうずいぶん昔、実際にベッドの底の木の部分が腐ったことがあるのだ。さすがにあの頃ほど若くはないから、そんなに新陳代謝は激しくないだろうが、他人から借りているベッドを腐らせるわけにはいかない。布団を上げて、シーツを洗濯した。ファブリーズもシュッシュッ。

気持ちよくなったところで、昨日の原稿の残りを仕上げ、さあ、今日はギャラリーに行って資料収集だ、と意気込んだところで電話が鳴った。実は居留守をつかい、電話に出なかった。そして、着替えて本当に出かけようとしたところにまた電話。さすがに出ないわけにはいかない。

サインホだった。今から暇だけど、インタビューするならいいわよ! ええと、はい。私も暇ではあります、ギャラリーに行こうかなと思っていたけど、それは別の日でもいいのです。じゃあ、どこで会う? いま××にいるのだけれど。ええとですね。できればですね、あまり地下鉄に乗りたくないので、私の家の近くまで来てもらえますか? いいわよ、じゃあ、1時間後ね。

1時間後か! 大急ぎでスーパーに行き、新しいパン、チーズ、ソーセージ(普段はまったく食べない)、ワイン(普段はまったく飲まない)、サラダを買い、家に戻り、すぐさま近所の地下鉄までサインホを迎えに行った。スーパーマンのシャツを来たサインホが地下鉄の出口から出てきた。ちょっと面食らったが、妙に似合っている。

アパートに着くなり、パソコンを目にとめ、インターネットが使えるの?と言う。はい、使えますよ。メールをチェックしたいのだけれど、いいかしら? はい、どうぞ。その間、お茶を入れる。

ひとしきりして、インタビューを始める。録音機とビデオカメラを同時に使う。1)ソ連時代の音楽活動のこと、2)日本の最初の印象のこと、3)絵画の創作について、4)現在と今後のプロジェクト、5)トゥバの音楽状況、6)彼女の詩について、等々をきく。1時間半以上、サインホはひたすらしゃべる。よくしゃべるなあ。自分のことはいくらでもしゃべるのだなあ、などと馬鹿なことを考えながら聞いていた。最後の詩の話になるとニルヴァーナとかインド哲学にまで言及し、もうさっぱり分からない。でも、すごく面白かった。

ビデオのバッテリーも切れたので、インタビューは切り上げ、夕食をつくることにした。その間サインホはトゥバのニュース・サイトを見ていた。豆のカレーライス、サラダ、チーズ、ソーセージ、パンを食卓に並べる。辛口のカレーだけど大丈夫? これぐらいなら平気、インドでは毎日これより辛いのを食べていたし。このカレーライス美味しいわね。ああ、つくった甲斐がありました。

あれこれ世間話をしたり、日本の私の家族とスカイプで話したり、で、なんとなく時間は過ぎてしまい、サインホがリューダのところに電話をした。リューダはすでに夏休み体勢なのか、ダーチャ(別荘)に行っているという。しかし、ターニャが家にいるので、サインホはこれからターニャのところに行くという。リューダとターニャの住んでいるチェルタノーフスカヤまではここから車で10分程度だ。

アパートを出て、今後の予定などききながら、車が多く走る通りに出る。タクシーは簡単につかまる。じゃあまたね。連絡を取り合いましょう。有り難う、さようなら。

すぐそばの店でビールを買って、家に帰る。残ったカレーで2回分のスープになりそうだ。シーツもほとんど乾いている。よく分からないけれど、それなりに充実した一日が終わろうとしている。
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2010年06月14日

原稿だけの一日

2月13日。アンジェラから電話があり、今日一緒にコローメンスカヤの公園へ行く予定でいたけれど、都合が悪くなりましたという。入院中のボーイフレンドが検査があり、やはり一緒にいなければならないのだそうだ。彼はキューバ人で、しかもロシア語ができないので、アンジェラがいて、何かと通訳しなければならないのだ。母語のロシア語以外に、英語、日本語、フランス語、スペイン語(学習中)の話せるアンジェラならではの話である。

公園で気持ちよくアンジェラと過ごしたくもあったが、モスクワ滞在も残り2週間となったいま、そんなにのんびり遊んでもいられない。とにかくやれることをどんどんやらなければ、と思いつつ、とりあえず床に掃除機をかけ、ぞうきんがけをした。

床がきれいに気持ちよくなったところで、雷の音。外がいきなり暗くなり、ものすごい雷雨となる。窓を閉め、部屋に灯りをつける。雨と雷の音を聞いていると心も落ち着いてくる。いい音楽だ。

先日書いた能に関する文章への加筆を始める。前回は簡単なレクチャーのためのメモ程度だったので、実際のレクチャーでは適宜言葉を補ったのだが、今回はその元原稿にチュッチェフやマンデリシュタームの詩を引用しつつ、盆踊りの話なども加えた。ロシア語で考えながら書くというのは昔は苦痛だったのだけれど、今回はなかなか楽しい。学術的な論文ではないからだろう。これに関連する研究書などに言及しつつ、さらに加筆すれば、研究ノートぐらいにはなりそうだが、今回はきりがないので、これぐらいにとどめておこう。

中央人形劇場発行の「奇跡の劇場」に掲載してくれるというけれど、一体いつ発行されるのだろう。最新号が2009年の1-2号だから、きっと2年後くらいなのだろう。

気がつけば、外が明るくなっている。もう午後9時である。結局今日は全然外出しなかった。でも、それなりに満足感。さて、夕食にしよう。
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2010年06月13日

とてもJazz.ruな日

6月12日。毎晩寝汗がひどく、さすがに油じみてきたので、枕カバーなどを洗濯しているうちにお昼になる。休日のブランチはお粥が定番になってしまった。そしてヨーグルト。サインホから突然の電話。私の友達で会わせたい人がいるのだけれど、今日は時間があるかしら? ええと、今日はこれから出かけるのです。7時には帰宅しますから、8時にもう一度電話をください。分かったわ、じゃあ、また。お腹の様子を見てから出かける。

モシュコウ氏に教えてもらった音楽書・楽譜専門店に行くため、トヴェルスカーヤへ。途中、市などを眺めながら、ずんずん歩く。今日はものすごく暑い。道を行く人はみな半袖かTシャツ、ノースリーブ、短パン、サンダルなど、要するに薄着である。そのどれも持ってこなかった私は長袖のシャツを腕まくりし、汗をだらだら流しながら黙々と歩く。目的の書店にやっとたどりついたら、店に通じる階段に「ペンキ塗り立て」の札がかけてあり、通ることが出来ない。どっと疲れる。

仕方がないので、後日行く予定のギャラリーの場所を確かめるためにさらに先に行くこと10分。そのギャラリーはすぐに見つかった。しかし、ここは毎週金曜日しか開いていない、不思議なところで、もちろん今日は土曜日なので開いていない。帰国までに金曜日のチャンスは2回しかない。次は確実にスケジュールを立てよう。

レオンチェフ横町を歩く。人気がなく、静かである。暑いけれど、これなら我慢できる。記憶をたよりに横道に入ると書店ファランスチェール。日本では絶対に入手できない詩集を2冊購入。ここにはまた何度も足を運ぶことになるだろう。

通りを下ってトランシルヴァニアへ。ジャズ・ブラート岡島兄から依頼されていたCDを3枚見つけた。その他あわせて計7枚で1万円を越えた。希少CDは値段が高く設定されているのだ。このままでは資金不足になる。おそらくCDを買うのは後2回ぐらいになるだろう。今回購入したCDは主にジャズ専門誌「Jazz.ru」のレコード評に載っていたものだ。店のジャズ担当者があれもこれもと勧めてくれたが、ほとんど入手済みのものだった。

そのままクラブ作曲家同盟へ向かう。今日は「Jazz.ru」編集長のキリル・モシュコウ氏のプロデュースによる「New Sound」シリーズの日である。出演はアンサンブル・プリョート。ピアノ、ベース、ドラムという男性陣に女性ヴォーカルの4名によるアンサンブルである。ヴォーカルのナターリヤ・ブリノヴァがリハーサルのときはTシャツにジーンズというラフな格好で、いかにも若い娘さんが迫力ある歌を歌うのかと期待していたのだが、はじまってみると、なんとサラ・ボーンか!という金色でラメがピカピカのボディぴったりのドレス姿。しかもお腹がぽっこりだ。格好は歌とは関係ないが、歌い始めたら、これが全部英語である。歌そのものはいい。ニューヨークに行っても十分通じるだろう。

しかし、なんでモスクワにいて英語の歌を聞かなければならないのだ。と言いたいところだが、きっとこの方がお客に受けるのだろう。戦略的な問題なら、文句は言えない。バックの3人はとてもうまい。バンドとしては一流である。ピアノのグリゴーリイ・サンドミルスキイが特にいい。ソロをもっと聴きたい。しかし、3名はあくまで歌姫を盛り上げるべくひたすら演奏する。

全体としてはとてもいいジャズである。きっと人気が出るだろうな。と思いながら、だんだん眠くなる。リハーサルの雰囲気で、あ、これはお酒を飲みながら聞くジャズだなと思って、ビールを飲みながらビデオ撮影していたのだが、やっぱり「Jazz.ru」好みの気持ちのいいジャズで、本当に気持ちよくなって、眠くなったのだ。でも、頑張って最後まで起きていましたよ。

帰りがけにお礼の挨拶をすると、モシュコウ氏は明日からしばらくアメリカに行くとのこと。うーん、やっぱりアメリカを基準にジャズを見ているのだろうか。このあたりのことはまたの機会にじっくりきいてみよう。

まっすぐに家に帰り、簡単に夕食をすませ、今日購入したCDを聞いてみる。やはり「Jazz.ru」推薦だけあって、どれも気持ちのいいジャズである。サインホからは電話もないので、完全にくつろぎムードの大人のジャズ・タイムである。すると突然サインホから電話。もう9時だぞ。これから友達と赤の広場の花火を観に行くの。花火は10時開始よ。あなたも一緒に来なさいよ。え!花火? 見たいでしょ。じゃあ、ノヴォクズネツカヤで9時30分に会いましょう。あ、はいはい、分かりました。大急ぎで着替えて、出かける。待ち合わせ時間には、なんとか間に合った。

編集者で自作の詩を歌う歌手でもあるセルゲイとサインホがニコニコしながらやってきた。10分の遅刻である。世間話をしながら並んで歩く。歩行者天国というか交通規制をしているらしく、車が走っていない。路上を歩いて、モスクワ河まで来ると、あちらこちらに警官がいて、警察関係の車が河沿にびっしりと止まっている。赤の広場に向かおうとすると迷彩服を着た男に静止される。この先には許可された者しか行けない、しかも花火の開始時刻は11時だと言う。

しきりに謝るサインホ。いやあ、テロ事件の後だからしょうがないでしょう。じゃあ、もうちょっと歩いて、どこか花火の見えやすい場所を探しましょうということで、周辺をのんびり歩く。静かな通りで人気のない場所を通る。モスクワでもこうした静かな場所はあまりないという。とても気に入ったので、また来ることにする。しかし、まあ、まだ明るいとはいえ、どこもかしこも楽しそうな人々が路上でくつろいでいる。今日は「ロシアの日」という祝日だ。

どうもあまりいい場所がないので、地下鉄で車を止めてあるところまで向かい、そこからモスクワ大学に行って、花火のよく見える大学近辺に行こうということになった。しかし、地下鉄に乗る頃には、私は猛烈に眠くなっていたので、花火はあきらめて帰宅することにした。また連絡をとりあうことにしてサインホたちとは別れた。

帰宅し、CDの続きを聞いてみると、やっぱり「Jazz.ru」推薦盤。とてもとても心地よいジャズである。いろいろなことがどうでもよくなって、ビールを飲み始めていた。

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"Новый Звук". Ансамбль Прёт
http://www.ucclub.ru/event/12-06-2010/17-00/
posted by masa at 06:06| Comment(0) | モスクワ日記2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月12日

SAFETY MAGIC

6月11日。このところ気温が低く、しかも湿度が高いせいか、妙に眠い。今日も寝坊してしまった。慌てて中央人形劇場へ行く。朝食は何を食べたのか覚えていない。折悪しくちょうど地下鉄が混んでいる時間である。ストレスを感じつつ、車両の隅で本を読む。幼児向けの人形劇の脚本集である。読んでいるうちに気持ちが少し落ち着いてくる。

人形劇博物館が静かだ。スタッフがほとんどいない。そろそろシーズンオフで出勤日も減っているらしい。なんてお気楽なんだ。男性職員二人だけがなんだか忙しそうに働いている。そして、私も仕事の続きである。

中央人形劇場はこれまでに5回来日公演を行っているが、その最後が1990年で、今日はその関係資料を調べる。長野公演の際に実行委員会の人々が発行した「ペレストロイカの人形劇」という新聞が出てきた。読んでいると、この公演で様々な人が出会い、ものすごく盛り上がったことが分かる。長野公演で感動した実行委員会の数名が帰国する劇場の人々を見送ろうとわざわざ仕事を休んで新潟空港まで来た話もすてきだ。

地方都市では、長野の他に長岡、柏崎、六日町でも公演している。当時のことを覚えている人がいるかもしれないので、今度長岡の知り合いにきいてみよう。

結局、今日も300枚以上の画像を撮影した。残りの資料は2箱なので、あと1日で必要な資料の撮影は終わるだろう。その次もまだいくつか調査しなければならないのだが、とりあえず劇場での目的の大部分はうまく果たせそうだ。

早めに仕事が切り上げられたので、昨日の演劇専門書店にまた立ち寄り、レゾ・ガブリアゼに関する本を買う。彼の談話がたくさん掲載されていて、すごく面白い。ガブリアゼの人形劇がすごく観たくなる。

いつものスーパーに寄り、チーズその他を買い、帰宅し、軽く食事をし、メールチェックをする。急ぎの仕事の依頼はない。一安心。キリルに明日のライブについて問い合わせのメールを書き、再び外出する。

今夜のドムは SAFETY MAGIC というグループのライブである。CDは持っているのだが、生で聞くのは初めてなので、期待していたのだ。ベース2名、キーボード、ドラム、パーカション、アルト・サックス、トロンボーン、横笛、デジュリドゥという大編成である。おそらく竹製の横笛を複数持ち替えて吹く人が主旋律を吹き、ベースとキーボードが副旋律を奏で、ディジュリドゥがアクセントをつけるという基本パターンである。リズム・セクションがしっかりしているので、メロディ系の楽器はかなり好きなように演奏する場面もあったが、基本的には同じメロディとそのヴァリエーションの繰り返し。時々、チベット語のような言葉で全員で歌ったりもする。

ひたすら気持ちのいい音楽である。だから、だんだん眠くなる。あまりにも眠いので、途中で帰ろうと思ったら、8歳ぐらいの少女が会場の隅で(と言っても私が撮影しているビデオカメラの前で)曲に合わせて踊り出した。彼女のお姉さんやお母さんらしき人も踊り始めた。この少女のダンスが絶妙で、本格的に習っているかもしれないが、ステップがすごくいい。開場前からいたのでミュージシャンの一人の娘さんらしい。きっと日頃からお父さんの音楽を聴いているのだろう。彼女のダンスを見ているうちにすっかり目が覚める。そうか、これはじっと聞くのではなくて、踊るための音楽だったのだな。

帰宅する途中の路上で、どうしても気になっていたものを買った。サクランボだ。毎日見ているうちに、無性に食べたくなったのだ。40個ほど買い、帰宅するとすぐ食べた。美味しかった。ウズベキスタン産とお店の札には書いてあったが、こんなサクランボがたくさん実っているウズベキスタンの風景を見てみたいなと思った。

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SAFETY MAGIC
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/11/

Safety magic Крутушка
http://www.youtube.com/watch?v=J3KudALJQjg&feature=player_embedded

Safety Magic (live in KEKS)
http://www.youtube.com/watch?v=q2quaiW0ZYU&feature=player_embedded
posted by masa at 06:05| Comment(0) | モスクワ日記2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月11日

長靴をはいた猫

6月10日。昨晩もタバコの煙を浴びたので、目が痛い。またザブザブと洗い、目薬をさす。こう目が痛くては食欲もわかず、朝食も適当にすませ、出かけることにする。ゴミ出しをして、いつも通り、いつもの道を歩く。モスクワ生活が本当に日常になったのだなと今さらながら思う。

中央人形劇場に着くと、ナターシャさんが待っていた。資料の山がどんと置いてある。さあ用意したわよ、好きなだけ見なさい。はい、有り難うございます。

今回の資料は中央人形劇場が来日した1984年、1987年、1990年の時のものである。書類の箱が全部で8個。こりゃあ大変だ。最初の箱を開けると、いきなり面白い写真が続々と出てきた。オブラスツォーフが半纏をまとって畳の上でくつろいでいる写真もある。

12時を過ぎたので、写真撮影はとりあえず後回しにして、今日の演目を見ることにする。今日は待望の『長靴をはいた猫』である。1937年の初演、1966年に新たな演出で上演されて以来、定番のお芝居である。内容はシャルル・ペローの原作通り、おなじみのお話だ。ところが私は10歳のとき(1969年)に、東映まんがまつりでアニメーション『長靴をはいた猫』を見ていて、しかもものすごく感動して、あの時買ってもらったパンフレットの印刷のズレまで鮮明に覚えているくらい気に入って、その後テレビで放映される度に見て、やっぱり感動してたので、やたらと思い入れの深いお話である。

とにかくアニメーションのことは忘れるようにしてお芝居を観た。面白い! 猫の動きがすばらしい。登場人物がみんな生き生きとしている。大人から子どもまで誰でも楽しめる人形劇。いいなあ、うちの子にも見せてあげたいなあ、と思いながら見ていた。人食い男が出てきたときは子どもたちがみんな歓声を上げていた。その人食い男を猫がまんまと退治した時の歓声のすごいこと! 結局、自分では何も努力しないままお姫様と結婚できてしまう三男坊のジャンはともかく、猫の活躍が痛快で楽しい。

人形劇博物館のスラーヴァも見ていて、終演後に声をかけてきた。彼も子どもの時からこの劇場の芝居を見てきたという。その後のティータイムでも英会話の練習をしたいというので、英語で世間話をした。私の英語はいい加減なので、現在英語学習中のロシア人との会話はちょうどいいスピードである。しかし、その間30分ほど、周りのスタッフものんびりお茶とお菓子を頂きながらずっと談笑している。お茶にはブランデーも入れている。ええと、こんなにのんびり仕事をしていていいのですか?と言いたいくらいくつろいでいる。

日本ではワーカーホリックとしか言いようのない日々を送っている私としては、ちょっとイライラしてしまう。頃合いを見て、仕事にかかることにする。今日もデジカメで資料をひたすら撮影する。400枚近く撮影した。書類などはじっくり目を通しながらの撮影だったので、いつの間にか6時近くになっていた。スラーヴァたちももう疲れたので帰宅するというので、私も作業をやめた。しかし、まあ、残業をするということは決して考えない人たちのようで、私もこれは見ならわなければと思いました。

人形劇関係の本でいくつか欲しいものがったので、ヴァロージャから教えてもらった演劇専門の書店に行く。劇場からプーシキンスカヤに歩いて行く道すがらにあるので、すぐ見つかった。書店には「閉店」の札が吊してあったが、隣にある図書館の受付の人が、「まだ大丈夫よ」と言って中に入れてくれた。要件を言うと、次々と本を棚から探して出してくれた。面白い本が7冊。全部購入した。全部で5.000円程度だからやはり安い。エリク・ブラートフの本もあって、すごく嬉しい。

本が重いのでまっすぐに帰ろうとも思ったが、意を決してドムに向かった。今日はライブではない。「アントロポモルフィズム」という現代写真家による展覧会である。しかも今日1日かぎりの展覧会で、キュレーターがヴィクトル・ミジアーノだから、きっと面白いはずだ。期待通りで、まだ無名と言っていい若手の写真家たちの作品だけで構成されていた。ヴィンザボートなどで見るいかにもアート写真ですといった作品が、私はあまり好きではないのだけれど、今回の展覧会の作品は、自分が好きでしょうがない世界を好きなままに撮っているものがほとんで、とても好感が持てた。人形ばかり撮っているウラジーミル・クドリャフツェフとイリーナ・ムリンスカヤが特に気に入った。

夜9時からライブもあるようだったが、連日の疲れがたまっているので、帰宅することにした。スーパーでキャベツのサラダとパンを買い、重い本をかかえて家にたどりつくと、チェニからメールが届いていて、ひょっとしたらお芝居をみせてくれるかもしれないという。おお、なんという幸運。またオーリャからもメールが届いていて、ロマン・ストリャールとのライブが22日に決まったという。しかも Ed Sarath も共演するという。すごい。

厄日の次にはちゃんといい日もやってくる。人間万事塞翁が馬、と今さらながらに思うのだった。

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Кот в сапогах
http://www.puppet.ru/?pageId=45

АНТРОПОМОРФИЗМ
http://www.dom.com.ru/event/2010/06/10/
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2010年06月10日

宝の人形たちと16トン

6月9日。昨晩のタバコのせいで起きてもまだ目が痛い。思い切り目を洗い亜、目薬をさす。朝食を簡単に済ませ、職場からのメールをチェックしていたら、締め切りまでに1ヶ月もない重要な依頼。いつものことだが、すごく腹が立つ。モスクワにいて、手元に資料もないのに、一体どうしろというのだ。出発前に帰国の日は伝えたはずだぞ。

対応を考え、実際に対応のメールを書いているうちに頭痛がしてくる。やがて猛烈に眠くなり、気がついたらベッドの上にいた。すでに正午である。慌てて洗濯物をたたみ、出かけた。

中央人形劇場に着いたら、いつもの場所でナターシャさんがタバコを吸っていた。とても忙しいらしい。資料もまだ用意してくれていない。美術のサーシャが呼んでいるよとスラーヴァが言うので、一緒にサーシャのところへ行くと、ニコライ2世の家族が愛用していた人形劇の人形に関する資料をわざわざDVDに焼いてくれていた。しかも、私の名前まで書いてある気のつかいよう。有り難うございます。

世間話をしているうちに、美術関係のスタッフの仕事の様子を見せてくれることになり、いくつもの部屋に連れて行ってくれた。前回見ることのできなかった色彩関係の部屋がとても面白かった。人形や衣装に使う染料をつくっている専任スタッフがいて、巨大な洗濯機やアイロンまであるのだ。古い人形を保存している倉庫は圧巻だった。数え切れない程の人形たちは一体一体ていねいに不織布にくるまれて、天井から床の近くまで吊り下げられている。今回見た倉庫はまだほんの一部だという。いったい何体の人形が保存されているのだろう。これは本当にこの劇場の宝だなと思った。

地下にある大道具の工作室、動力室、空調室なども見せてもらった。劇場全体が秘密基地みたいなもので、今日はそれを探検したようなものだ。すごく面白かった。

時間に余裕があるので、これまでひたすら写真撮影だけしていた資料の山をあらためて一点一点調べることにした。詳細に読んでいると面白い発見が次々とあり、時間がたつのを忘れる。あっと言う間に夕方だ。

劇場を出ると、またどしゃ降りなので、地下鉄で一駅だけ移動し、書店のファランスチェールに行くことにした。とても地味な場所にあるとても地味な書店である。しかし、品揃えはものすごく充実している。詩集はオギより沢山あるのではないだろうか。いくつも欲しい本を見つけるが、今日はビデオカメラもあり、カバンが重い。諦めてカバコフの『テクスト』他3冊にとどめ、また来ることにする。

今夜のライブの場所は「1905年通り」にあるクラブ「16トン」である。アメリカの古い歌謡曲からつけた名前らしい。いかにも今時のクラブで、私が苦手な雰囲気だ。切符の代わりに蛍光スタンプを手首に押された。ディズニーランドみたいで、なんだかいやだ。案の定、中はやっぱりいかにもアメリカといった雰囲気である。

お店特性の生ビールというのを注文。美味しいけれどドムの倍の値段だ。お金のある人が音楽を聞きながらお酒と軽い食事を楽しむ場所らしい。最初はガラガラでどうなることかと思ったが、30分遅れで演奏が始まったときにはステージ近くのボックス席は全部埋まっていた。

サインホ、レートフ、ボリーソフのトリオによるライブである。サインホはあいかわらずすばらしい歌声だ。彼女に寄り添い、盛り上げるようにレートフとボリーソフも演奏する。サインホとレートフがとても親密な雰囲気で演奏しているのが印象的だった。

サインホは昔の過激なパフォーマンスに比べるとずいぶん洗練されていた。英語でも何曲か歌った。自分の音楽の方向性がはっきりしていて、即興で実験的なことをしようという感じではなかった。それはそれでいいことだ。このカフェでのライブにはふさわしいやり方だと思う。実際とてもいいライブだった。しっかり全部ビデオにも収めました。

ライブ終了後、楽屋に通され、しばしサインホと世間話をする。オーガナイザーとも話しているうちに3日後に開催されるフェスティバルにみんなと一緒に行かないかと誘われる。モスクワから約300キロのところで開催されるのだそうだ。しかも、ロシアのウッドストックだという。幸いサイホンは私の家の近くにあるリューダの家に滞在しているし、一緒に車に乗せてもらうのは簡単だ。いちおう行きますとは答えたものの、道中のことを考えたらちょっと不安になる。だって、サインホは愛煙家です。今日も手巻きタバコを吸っていました。ああ、タバコが、タバコが…。

とりあえず、一晩考えてみることにして、すぐにその場を辞した。コニャックを一杯ごちそうになったせいですでに酔っぱらっている。乗り換えも間違えた。なんとか帰宅した。

遅い夕食を食べ、メールをチェックしたら、人形劇場チェニから返事があり、もしかしたらお芝居を見せてくれるかもしれないとのこと。実現したら嬉しいな。サインホからもらった最新CDを眺めながら、今日のライブを反芻した。

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SAINKHO NAMCHYLAK (AU)
http://www.lastfm.ru/event/1363641+SAINKHO+NAMCHYLAK+%28AU%29
http://www.16tons.ru/showpress.php?id=1276

Клуб 16 Тонн
http://www.16tons.ru/
posted by masa at 06:56| Comment(0) | モスクワ日記2010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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